第2話 五人パーティー

 鬼畜ゴブリンは弱い。

 野で一匹で生きていくなど不可能だ。たまに見かけることがあるとすれば、それは群れからはぐれた一匹だろう。故に数を増やす方法は二つ。群れの巣を探すかヒューマンやエルフ、ハーフエルフなどの女に産ませるかだ。

 種として鬼畜ゴブリンに雌はいない。産まれてくるすべてが雄だ。よって自らの種族だけでは繁栄出来ない。またその種族的弱さにより生存率が低いのでそれを補う為、発情期というものはなくいつでも生殖可能だ。出産も早く二十日から三十日ほどで産まれてくる。数も一度に3~4匹で成長速度も早い。だいたい二年で成熟となる。


 将来的にはを創設して数を増やすことも考えなければならないが、今はまだ時間をかけていられない。

 胸当チェストガード左肩当ショルダーガードで身を固め腰には小剣ショートソードを吊るした額に瘢痕はんこんがある鬼畜ゴブリン――スカーは他の群れを探すことにした。

 手勢にした鬼畜ゴブリンによると、幸いにしてこの辺りを支配してる鬼畜ゴブリンの群れがあるという。スカーたちがいる洞窟から三日ほどの距離にある鍾乳洞を棲家としているようだ。

 今いる洞窟は手狭だ。そろそろ拠点を変えても良い頃合いだろうと思っていた。


 手勢の中から伝令役を含め三匹ほど、身軽な鬼畜ゴブリンを選んで斥候として行かせて鍾乳洞の位置を確認した後、スカーは残りを率いて待機させていた斥候二匹と合流して鍾乳洞の群れを《服従の誓いサブミッシブ》の呪文で掌握したのだが、想定外の予期せぬ収穫があった。

 一つは群れを統率していたのが板金鎧プレートアーマーを纏った鬼畜戦士ゴブリンウォリアーと何かの獣の皮を繋ぎ合わせた衣装の鬼畜狂戦士ゴブリンバーサーカーだったことだ。

 それぞれに大剣グレートソード大根棒クラブを持っていて、二匹とも食人鬼オーガー並みの巨躯をした変異種でかなりの戦力になるだろう。しかしこの二匹の存在が霞むほどの物がそこにあった。


魔言まごんの石』


 同人ゲーム『鬼畜プレイヤー』ではMP9999とINT999の理論値が付与されるレアアイテム。

 ゲームではゲーム内時間で午前0時になるとMPは全回復し、INTが高いほど魔法攻撃力が上がり、覚える魔法の種類が増えるので、実質無制限のMPとほぼすべての魔法が使えるようになる。

 

 スカーは拳大の紫水晶のようなその魔言の石を――吞み込んだ。



❁ ❁ ❁



「――くそッ!! 何だってんだこいつら! 鬼畜ゴブリンのくせしてッ!! 待ち伏せだと!!」

「フェフ、気をつけろッ! こいつら、統率されてやがる! どこかに首魁ボスがいるはずだッ!! メイヤ! パールの様子はどうだ!」

「今、落とし穴から引き揚げたわッ! ――ダメッ! ガイラッ! 危険な状態よ! 何ヵ所も串刺しで今すぐ大治癒メガ・ヒールをかけないとッ!」

「!? よしッ! フェフ、ケニファ! 回復の時間を稼ぐッ! 全方位に牽制をッ!!」


 周りを取り囲んでいる鬼畜ゴブリンたちの気配が緩んだことを感じたガイラは、鋭い視線を左右に飛ばして鬼畜ゴブリンたちを睨みつつフェフとケニファに指示を飛ばす。


「この状態で神の奇跡って言ったって――」

「ガイラッ! 天井からパラパラと小石が落ちてきています! 衝撃の強い魔法は使えませんよッ!」

 

 横たわるパールと、そばにひざまずき神への祈りを始めたメイアを守るように背にして、フェフとケニファは『無茶なッ!』という言葉だけは呑み込んで構える。

 無茶でもやるしかない。仲間パールを見捨てることなど、どうしてできようか。

 

 五人はそれなりに名の知れた冒険者。彼女たちは"紅椿べにつばき"を名乗る女性だけのパーティーだ。

 戦士のガイラ・マラライ。

 魔法使いのケニファ・カーライル。

 司祭のメイア・チルチチ。

 精霊使いのパール・ルゥーイット。

 盗賊のガ・フェフ。

 精霊使いのパールはエルフだが、他の四人はヒューマンという構成だ。

 彼女たちの装備の胸元には紅の椿が彫られ、或いは刺繍されている。その椿の上には三つの☆マークがあり、彼女たち"紅椿"が三等星の等級の冒険者であることを示していた。

 冒険者の階級は一等星から五等星まであり、三等星ともなれば一流の証である。ちなみに五等星――最等級の冒険者チームは3組しかなく"至高の五星トライアングル"と呼ばれている。

 

 そんなガイラたち五人は、とある領主から令嬢救出の依頼を受けた。何者かに攫われたという。

 冒険者ギルドからの情報(有料だったが)や、近隣の村や町などの聞き込み調査から、最近になって鬼畜ゴブリンを見かけることが多くなったという情報を得ることが出来た。

 また、領主の令嬢だけでなく村娘も数人、行方不明となっていることも。

 総合的な判断の結果、五人とも近くに鬼畜ゴブリンの群れが棲みついていると判断して、周辺を探索したところ洞窟の入口を発見した。

 本来なら一度軽く潜って洞窟内を調査したかったが、攫われてから日数が経過していたことと、令嬢だけでなく村娘も攫われている可能性もあることから強行潜入することにしたのだ。

 三等星の冒険者といえど、どこかにたかが鬼畜ゴブリンと油断があったのかもしれない。


 盗賊のフェフを先頭に洞窟内を進んで行き、しばらくして宿二部屋分ほどの空間に出たところでと遭遇した。

 魔法の灯りによって暗闇から現れたのは二匹の鬼畜ゴブリン。それらが全裸の女性をなぶっている場面に。

 鬼畜ゴブリンが発するおぞましい荒い息遣い以外に音はなく、女性からは呻き声すらない。

 ヒューマンにしては長く、エルフにしては短く丸みを帯びているその特徴的な耳だけがやけに鮮明に見て取れた。


「!?」


 一早く反応したのはエルフのパールだった。その瞳には嫌悪と怒りに彩られている。

 素早く鬼畜ゴブリンたちに詰め寄ると、抜き放った細剣レイピアで一匹の喉元を切り裂き、返す刀でもう一匹にも斬りつけたが、奇跡的に回避に成功し、浅く腕を斬られただけで片方の鬼畜ゴブリンは悲鳴をあげて洞窟の奥へと逃げていく。


「逃がさないわッ!!」


 パールはそのまま鬼畜ゴブリンの後を追う。


「待てッ、パール! 先走るなッ!! ――チッ。私たちも行くぞ!」


 ガイラの静止の声も聞かず洞窟の奥へと先行したパールに続くべく、残りの仲間たちに声をかける。

 足元に横たわる女性――ハーフエルフの娘は一瞥して分かった。すでに事切れている。


「――なんという冒涜……」


 司祭であるメイアがその蛮行に対して怒りを込めて呟く。

 娘の状態からして死亡したのは数日前と思われる。つまりは先ほどの鬼畜ゴブリンたちは彼女を屍姦しかんしていたのだ。

 それ故、パールもまた怒りに我を忘れたのだろう。彼女はハーフエルフに偏見はなく、同族と変わらないという考えを持っていたから。


 すぐさまパールを追ったガイラたちは開けた場所に出た。そこは王城や貴族の屋敷などで行われる舞踏会ホールほどに広がった空間。が、しかし。パールの姿が見当たらない。


「ガイラッ!」


 フェフの鋭い声。視線のその先には昏い穴が。ちょうど人が入るほどの。


「ケニファ! 照らせッ!!」


 無言でうなずいたケニファは、高い天井へ向けて灯りライトではなく照明ライティングの魔法を飛ばす。

 囲まれていた。その数、30匹は下らない。万全の状態ならば例えその数が50であったとしても鬼畜ゴブリンごとき問題にもならないが、パールとメイアが戦力外で、しかも二人を守りながらとなると。

 ガイラの焦りをよそに、囲まれている気配の中から一際大きな気配が前に出てくる。その数二つ。

 鬼畜戦士ゴブリンウォリアー鬼畜狂戦士ゴブリンバーサーカー


 強い。ガイラは瞬時に判断する。

 どちらが相手でも一対一なら負けはしない。しかし、この2匹を同時に相手をするとなると、仲間からの十分な支援がないと難しい。つまり今の現状からすれば絶望的だということになる。

 そこへメイアの悲痛な叫びが追い打ちをかける。


「ダメッ! 間に合わなかった――いえ、まだですッ!! 蘇生の奇跡がまだありますッ」

「なッ! 待て、メイア! 動けなくなるぞッ!! 温存し――ごあぁぁぁぁ!!」


 この状況にガイラも冷静さを欠いていたのだろう。敵から目線を外し背後を振り返るという普段なら決してしないミスを犯す。

 その隙を突いて鬼畜狂戦士ゴブリンバーサーカーが持つ大根棒クラブの横殴りの一撃が、まともにガイラの脇腹を捉える。

 いかに全身板金鎧フルプレートといえど一溜ひとたまりもない。絶命は免れたが、折れた肋骨が内臓を傷つけ肺にも突き刺さる。その衝撃と激痛にガイラの意識は闇に沈んでいった。

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