第1話 初心者冒険者

 腰の位置まで伸びた雑草を踏み倒しながら進むのは一組の男女。

 男――というよりは少年と言っても差支えがない方は、麻のシャツに使い古された革の胸当チェストガード左肩当ショルダーガード。厚手生地のズボンの腰帯には小剣ショートソード。革鎧でないあたりが少年が駆け出しであることをうかがわせる。

 女の方は特徴的な耳からハーフエルフであることがわかる。エルフの耳よりも若干短く、丸みを帯びているのがその特徴だ。

 そのハーフエルフの娘にいたっては狩人の衣装のみで防具らしいものは纏っていない。手には短弓ショートボウ。背に矢筒。

  

「フィール・フィル。本当にこの辺りなのか? キューネの群生地って」

「村で聞いた限りだとこの辺りのはずなんだけど……」

「頼りないなぁ」

「仕方ないでしょ! 土地勘なんてないんだから! 冒険者になるまで街からほとんど出たことなかったんだし。そういうマルカスだって私と同じようなものでしょ。あとフルネームで呼ばないで」


 村から歩いて数時間といった距離。

 それほど高くはない岩山の麓に広がる森の中を『名前の響きが気に入ってるのに』と独り言を呟きながら歩くマルカスと、その呟きを聴いてピクリと耳を動かしたフィール・フィルの二人は、村の依頼で薬に用いられるキューネの花――材料となるのはその球根――の群生地の確認に来ていた。

 

 マルカスとフィール・フィルは村から徒歩で二日ほどの距離にある街を拠点とする冒険者だ。と言ってもまだまだ初心者ルーキーの域を出ない。 

 受ける依頼も魔物討伐などではなく、素材集めやイベントなどの警備、物資の運搬などが多い。

 今回は冒険者になって街以外での初めての依頼だった。依頼内容は街に買い付けに来た村人の村までの護衛兼運搬の手伝い。

 滞りなく依頼は終了。村でゆっくりと一泊してから街まで戻る予定だったが村人の一人から頼み事をされたのだ。半月ほど前、狩りからの帰りにチラリと見かけたのがキューネの花だったかどうか確認して欲しいと。


「――依頼主のおっさん、自分で確かめに行きゃいいのにさ。なんだって俺たちが……。あぁ、もう! 俺、虫とか嫌いなのにッ!」

「こらッ! 依頼主を悪く言わないの! 仕方ないじゃない。鬼畜ゴブリンを見かけたって話なんだから」

「けどさぁ、フィール。鬼畜ゴブリンだぜ? あんなのにビビるかぁ、普通?」

「私たち冒険者にとっては雑魚中の雑魚だけどね。普通の人からしてみれば魔物には違いないもの。怖がっても仕方ないわ」

「見かけたって言っても一匹だけなんだろ? しかも村の人が石を投げて追っ払ったって。頭に当たって悲鳴あげて逃げたんだろ? 笑えるわ」

「あはっ! そうね。でも泊まれる部屋と朝晩二食付きがタダになるんだからこれくらいお安い御用じゃない」


 楽し気に会話を交わすマルカスとフィール・フィル。

 そんな二人から10メートルほど後方の雑草の茂みには、身を潜めつつ後をつける鬼畜ゴブリンの姿。そしてその耳元へ二人の渇いた笑い声が風によって運ばれてくる。

 その笑い声でズキリと額の傷が疼く。

 あの時の理不尽な恐怖とそれを塗り潰すほどの怒りが込み上げてくる。

 

 許さない。絶対復習してやる。


 思うほどに益々怒りが湧くが、ギリッと歯ぎしりをしてなんとか耐える。

 今は目の前、二人の冒険者どもに集中しなくてはならない。

 観察した限りでは二人とも未熟であることがわかる。周囲に対してあまりにも無警戒だ。自分たちの進行方向にしか注意を向けていない。

 360度をカバーするには最低でも三人。"く"の字型に隊列を組んで前方と左右後方を警戒しなくてはならないのに。


 対してこちらに油断はない。

 エルフには劣るとはいえ、ハーフエルフの聴力も侮れない為、後をつける距離は十分にとっている。位置取りも風下に身を置いてニオイを気取られることはない。

 半月の間に十数匹の鬼畜ゴブリンを集めることが出来た。

 この森のさらに奥まった場所にある岩山の洞窟に隠れ棲んでいた群れだ。

 その鬼畜ゴブリンたちをゲームと同じように《服従の誓いサブミッシブ》の呪文により下僕とした。


 そう。


 同人ゲーム『鬼畜プレイヤー』はプレイヤーが鬼畜ゴブリンとなって他の鬼畜ゴブリンを探し、時には数を増やすことで力で劣る鬼畜ゴブリンが数の暴力で冒険者たちを蹂躙するという戦略的タクティクスSLGゲームだ。

 油断を誘う。隙を突く。罠に嵌める。場合によっては圧倒的な数で押し切る。

 正面からでは勝てない相手になるべくこちらの勢力を減らさず、戦略を用いていかに多くの冒険者や村を蹂躙していくかがゲームの醍醐味である。

 ゲーム難易度は厳しめで有名どころのMMORPGに似て、ちょっとしたミスで全滅するのも珍しくない。

 だからどんな場面でも手駒ユニットである鬼畜ゴブリンの配置や位置取り、作戦などを慎重に決める必要がある。それが例え未熟な初心者冒険者が相手であっても。

 

 二人の冒険者が森に入る手前から様子を窺っていた。

 こちらの手勢は13匹。

 《服従の誓いサブミッシブ》の呪文によってすべての鬼畜ゴブリンにこちらの意図が伝達され指示通りに動く。

 半数ずつを左右に展開させ一定の距離を保ちつつ、冒険者たちに連動するように移動してきた。

 入口とは違いかなり森が深くなった場所。

 頃合いだ。

 ゆっくりと距離を詰めつつ、しゅうごう型に囲うように展開させる。

 二人の冒険者は囲まれたことに気づいていない。


「ウギャオォォォー」


 突如その場で起き上がり奇声をあげた。

 今まで息を殺し、慎重に後をつけ背後を取った優位さを捨て去る行為。


「「!?」」


 背後からの突然の叫び声に体をビクッと震わせ。予期せぬ事態に二人の顔が強張る。

 間抜けめ、と内心ほくそ笑む。

 熟練の冒険者ならこんな時、背中合わせとなり前後を警戒する。

 さらに致命的なことに、少年の方は柄に手をかけただけで剣すら抜いていなかった。

 だがまだだ。勝利を確実にする為にもう一手。

 道中で拾っておいた手ごろな石二、三個を冒険者に向けて


「ははははっ! どこに投げてるんだよ、この下手くそ!」

「――ねぇ。あの鬼畜ゴブリン、おでこに傷跡があるよ。もしかして例の奴じゃないかな?」

「お! 本当だ。傷がある! え、なに? もしかして仕返しのつもりなのか」


 先ほどまで不安と怯えで顔を引きつらせていたが、相手の無様な姿を見て今は二人とも笑顔を見せるほどに緊張がほぐれている。

 さらに最後の念押しでその場で地団太を踏んで見せた。


「なんだぁ、あいつ? いっちょ前に悔しがってるぜ?」

「あはははははッ! お、お腹いたい~」


 二人は腹を抱えて笑っている。周りで多少物音がしても気づかないほどに。

 完璧だ。


「ウギャッギャ!」


 号令一過。

 すぐそばまで近寄っていた手勢たちが、左右背後から一斉に跳びかかる。


「うわッ! な、なんだこいつら! どっから沸いて――ゴフッ、ガッ……やめ――」

「キャー! いやぁぁぁぁぁぁ! やめ――ゴボッ、た、たすゲッ! ゆ、ゆるし――」


 二人の冒険者は13匹の鬼畜ゴブリンに伸し掛かられて埋もれていく。

 こちら側からはバタつく足先しか見えない。

 装備は傷つけず後で持ち帰れと念じてその場を後にする。

 十数歩ほど歩いている間には聞こえていた悲鳴や懇願も、その内に聞こえなくなっていた。

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