2話 開学式

「そう、それは何よりよろしくって」


 少女はそう言って会釈えしゃくをすると歩き出した、両手いっぱいに書物を抱えて持ち切れない分は脇に挟み、いかにも不安定な様子でいつまた書物を取り落とすかも分からない。


「そんなの一人では持てないわ。わたしも持ちますよ」 


「いえ、お手を煩わせる訳にはいかなくてよ。ほんの少しの距離だから運ばれますわ」


「だけども…」


「開学式の始まる時間も近くてよ。開始直前は混みあうから早めに向かわれたほうがよろしゅう存じます」


 思わずマイナは少女に申し出たが、少女は断った。心配ではあるがこれほどきっぱりと言われたらしようがない。

彼女は式典会場に向かうことにした。会場の中庭では、生徒たちは先着順で整列して地べたに座って式の開始を待っていた。

 2000人もの人間を集合させるのに席順も決めないなんてちょっと無計画ではないか、マイナはそう思った。彼女とて計画性に欠ける性格ではあるものの、流石にこの光景は目につくようであった。

 思えば生徒を誘導する職員は数が足りずに混乱気味であるし、生徒には椅子さえも用意されていない。

 だいいち露天での式典であるから雨天の場合にはどうするつもりであったのか。この中等学校は国を挙げた政策の一環であるはずなのにどうも手抜かりが多すぎると考えていると、じきに式典が始まった。


「えー新入生諸君、先ほどご案内に預かりましたスカプラです。本日は天候にも恵まれ…」


 校長を務めるらしい初老の男が演説を始めた。フルネームをポストゥムス・コルネリウス・スカプラと司会に紹介されたこの男は、身長6ペース3インチ約193センチメートル以上はあるだろうし、背丈に見合うがっしりとした体つきを持っている。

 しかしそんな恵まれた外見を、彼は全く無駄遣いしてしまっているのだ。スカプラ校長は常に原稿に目を落としたまま腰を丸めてぼそぼそと喋る。

 演説の主役とは思えないほど覇気が感じられない上に肝心の話も面白くないのである。

 その体格を持ってすればどんなに下手を打っても教育者としての威厳を生徒に多少なりとも示すことが出来るであろうに、悲しいかなそんなものは蚊ほども見つけられないのである。

 開校式典の運営の杜撰ずさんさに加えて、こっちが恥ずかしくなるほどの私たちの新しい校長の心もと無さ。新入生たちはすっかり演説に飽きてしまって居眠りを始め、マイナとてその例外ではなかった。 

 彼女は東部の田舎者とは言え素封家そほうかの三女である。別に学資に困ってここに志願したわけではない。こんな事なら素直に地元に就学しておけば良かったと入学早々後悔を始めていた。

 やがて校長先生の独り言はようやく終わりを迎えて演壇を降り、司会は新入生代表挨拶に移った。代表の名はビブリア・クレメンティア・カーラ・イモ―タ。

 先ほどのスカプラ校長のそれよりも長くてとても覚えられそうにない呪文にうんざりしたマイナは、この憂鬱な会の代表をわざわざ務めようという人は一体どんな面をしているのか拝見しようと演壇に視線を移した。

 だがその姿を目に入れた瞬間に悪態を付きたい気持ちは失せて、彼女の眠気もはっと引いた。彼女が見たのはさっきの少女であった。

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