1章 学園編

1話 はじめまして

 チュリザンテム特別市は同じ国名を冠する連邦国家の首都であり、マイナ・メッサーラは同市に生まれてはじめてやってきた東部出身の田舎娘である。

 今年の2月に地元の初等学校を終えたばかりの彼女は、中等学校進学のため、はるばる辺境から鉄路と海路を乗り継ぎ2日半掛けて上ってきたのである。


「都心の方と違ってこっちには何にもないわね。もちろんわたしの国よりは開けてるけれど」


 首都郊外のウォロの町は、駅前に店がいくつか構えている以外はこれと言って見るべきものは無く、道もほとんど舗装されていない。  

 ここにはまだ都市化の波が来ていないのであろうか、町と言うよりも小村と表した方がふさわしいような様相であった。

 こういう手つかずの土地だからこそ新しく学校が作られるのであろう。マイナはそのようなことを思いながら緩やかな坂道をえっちらおっちら上っていった。

 ウォロ連邦実証女子中等学校は町はずれの小高い丘の上にあった。校門近くに設けられた受付所には既に多くの生徒が集まっており、みな大きな荷物を背負って列に並んでいた。やがてマイナに順番が回って来たので登録を済ませ、今日の予定について説明を受けた。

 どうやら開学の式典までは時間があるらしい。荷物を預けて校内の探索を行うことにした。

 敷地内は6000人の生徒を収容するだけあって巨大な建物が建ち並んでいた。校舎に囲まれた中庭ではちょうど式典の準備を行っていた。

 校舎の外側には学寮や書庫、大食堂に浴場等々様々な施設が付随しており、ふもとの町よりもよほど町らしい景観を備えている。

 辺鄙へんぴな土地から出てきた彼女にとっては全てが規格外であったのであろう、建物をつなぐ回廊の長大さに気を取られていて前を見ていなかったマイナは書庫から出てきた一人の少女と衝突してしまった。


「わっ!」「きゃあ!」


 二人とも正面から派手にごつんとぶつかり後ろに投げ出された。

 いててと背中をさすりながらマイナが起き上がると、相手の少女も同じように起き上がったが、転んだ拍子に持っていた巻物を散乱させてしまったようで膝をついてかがんだまま巻物を拾い集めていた。


「ごめんなさい、わたしも手伝うわ」


 すかさずマイナも少女のもとに駆け寄って巻物を拾い集める。周りには長机いっぱいに広げないと読めないであろう重厚な書物が20や30も転がっていた。とても一人で持ち運べる量ではないのに無茶をするものだ。


「ありがとう存じます、元はと言えばわたくしが悪うございますのに」

「いやいや、わたしも不注意で前を見ていなかったんです」


 少女はマイナが今まで聞いたことのないような話し方をする。過剰すぎるほど丁寧でゆっくりとした口調はどこか気品を感じるものであった。

 やがて、全ての書物を拾い終わった少女は顔を上げて立ち上がりマイナに言った。


「重ね重ねお礼申し上げます、わたくしったら物を読みながら歩くなんてみっともないことを。どこかお怪我はございませんか?」


 焦りからか少し早口になりながらも、やはり後から習ったのでは身に着けられないような言葉遣いの彼女は、容貌からもその趣が醸し出されていた。

 実際よりも細身に見える体はおそらくその長身のせいであろう。マイナよりは低いものの5ペース8インチ約172センチメートルはありそうな体躯たいくは奥ゆかしさの内にも堂々とした物を秘めていそうで、一目で上物だと分かる薄青の短衣チュニカがそれを包んでいた。

 手足は一般的な令嬢のイメージに似つかわしくなく大きくて力強いさまだが、不思議にもそれが全体の品格を底支えしているような印象さえ受けた。

 最も特徴的であるのは何といっても透き通るような純白の肌とまで届きそうな長い銀髪、鼻筋の通った小顔に載せられた薄い唇と碧眼へきがんである。


「大丈夫です、こんなことで怪我するほどわたしはひ弱にできていないわ」


 そうマイナが答えると少女は安心して頬を緩め、微笑を浮かべた。

 ほんの僅かな表情の変化が全体の印象を大きく変えた、とマイナは感じた。

 青白くも思えた肌は血が通って快活な様相を見せ、憂いを帯びていた瞳は彼女の方をまっすぐ見つめて先ほどよりも光を増し、輝いているように見えた。

 マイナはその微笑に、先ほどまでの未知の物への好奇心とはまた別の感情を覚えたがその正体が何なのかはまだ知る由もなかった。


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