文明のいきさつ

K TANABE

プロローグ その軍団はいずこに

「戦争だ!戦争だ!」


 建国暦914年2月14日、チュリザンテム連邦の北部国境から28マイル約45 km離れたある小都市は大混乱に陥っていた。

 未明に北と西の国境をそれぞれ接する二大国から突如侵攻を受けた連邦は、質量ともに勝る相手に守勢を強いられ、敵はいよいよその本土になだれ込まんとしていたのである。


「戦争だ!戦争だ!国境の守りが破れたぞ!」


「戦争だ!おれたち皆殺しにされるぞ!」


 仕事をしている者、家の中に居る者は一人もない。老弱男女みんな外に出て地べたを転がり回り、そこら中無茶苦茶に走り回りながら戦争だ、戦争だと狂ったように泣き叫んでいる。

 混乱に包まれているのはなにもその街だけではない。既に西部国境は敵の侵入を許し、なおも恐るべき速度で国土を蹂躙じゅうりんしつつあった。

 連邦ではここ50年大きな戦争は起こっておらず、ほとんどの国民は自国が戦争に巻き込まれるなんて考えてみたこともない。

 思いもよらない事態に国中が集団ヒステリーを起こしていたのである。


「連邦市民及びそれと運命を共にするべき諸君!」


 阿鼻叫喚あびきょうかんの様相を呈する町に投げかけられたそのかつは、誰にも制御不可能かに思われた住人たちの狂騒を、たったの一度で止めてしまった。

 彼ら彼女らは転がり回ったり走り回ったりする代わりに、その目を声の主の方に向けた。

 戦地に向かう客車の屋根に登っていた声の主は、鉄兜を被って短剣グラディウスと拳銃を腰に着けた軍人のような出で立ちであったが、首を傾げるようなおかしな点も幾つか見られた。

 その者の着ている制服は明らかに連邦軍の物ではないし、将校の身分を表すマントも見慣れぬ物だ。何より客車の上に立つ喝の主とその両脇に立つ側近らしき2人、客車の中にいる大勢の兵士たちまで全員女の子なのである。

 目の前のあまりにも不思議な光景に住民たちは困惑の色を浮かべたが、客車の上の将校は構わず続けた。


「この町の住民諸君、諸君らは歴史ある我が国の北のかなめであるのだ。このような痴態ちたいさらして恥ずかしいと思わないのか!」


 大きくてよく通る声で住民たちを叱りつけた将校は背丈6ペース約180 cmはあるだろう。制服と鉄兜のせいで分かりにくいが17~19歳の間の年齢だろうその少女は、将校にしても若すぎる。住民のひとりがたまらずたずねた。


「あのぉ、失礼ですがどちらの部隊のお方で?あまりお見かけしない制服なもので…」


「申し遅れた、わたくしの名はビブリア・クレメンティア・カーラ・イモータ。この度新設された近衛軍団プラエトーリアーニーの軍団長であり、本部隊は陸軍と別組織である」


 近衛軍団?住民たちの大半はその名前を聞き覚え無かったが、新聞を毎日端から端まで読む一部のな人は、1年ほど前に国内の治安維持の為にそのような組織が創設されたと紙面の片隅に申し訳のように書かれていたのを思い出した。


「クレメンティアってまさかあのクレメンティウス様の?」


「あの元老院議員のお方と同じお名前ですが、あなたはもしや?」


「左様、デキムス・クレメンティウス・カールス・プルーデンスはわたくしの父である」


 ほとんどの住民は彼女がクレメンティウス一門の長女であることのほうに気がつくのが早かったようである。

 クレメンティウス一門は建国以来の名門で、現当主のデキムスはその地位に相応しい徳の持ち主として有名である。この事実は、住民たちがこの怪しい軍隊を少しばかりでも信頼できる要素になったようである。


「連邦市民諸君、戦争は確かに始まった。もう戦うことは避けられない。

 事実として北部要塞のラテレム砦が陥落したという電報が先ほど入った。敵はすぐに国内に侵入してくる」


 いくらか落ち着きをみせていた町は再び悲鳴をあげた。すかさずカーラ軍団長は喝を入れる。


「落ち着きたまえ!この程度のことで騒ぎ立てていたら父祖の霊に申し訳が立たぬではないか!」


「しかし将軍殿、敵は2方向から挟み撃ちな上にとても強大です。勝ち目なんてありません」


「それはその通りだ。動員が遅れて練度も低い我軍に比べて、敵は兵力も豊かで精強である。このままでは我が国は間違いなく敗北する」


三度みたび群衆がざわつき出すが、間もなく次の言葉が注がれる。


「ただし!それは一時的な事である。今をしのいで長期戦に持ち込めば基礎国力で勝る我が方に理がある。

 敵を今ここで殲滅せんめつすることは不可能でも、勢いに乗る奴らの鼻っ面を叩いてひるませ、しばしの時間を稼ぐ事は可能だ。

 我々はその任務を果たすために戦地に赴くのである。」


「クレメンティア将軍、素人考えながらそれは非常に危険に思えます。たとえ勝てたとしても多大な犠牲を負って、閣下の命も危ういかと」


「確かに、非常に無謀で勝ち目の薄い作戦だ、だがゼロではない。この戦闘に勝たねば我が国は間違いなく滅びる。しかし勝てばいくらかも滅びぬ見込みがあるであろう。

 我々は死を恐れない訳ではない。むしろ死を恐れるからこそ生きるために戦うのだ。負けて滅びれば確実に死に至るが、僅かな可能性に掛けて勝てば生き延びる展望も見えてくる。

 諸君らも座して死を待つのではなく、いくらかも生きられる道を選ぶべきではないのか?偉大なる連邦を築き上げてきた先祖たちもそうしてきたはずだ!」


「連邦に栄光あれ!」

「父祖たちの名誉を守れ!」

「奴らの汚れた足に故郷を一歩も触れさせるな!」


 さっきまでの悲観と混乱はどこへやら、たちまち住民たちはみな国土防衛の意志に燃えていた。5分前まで敵軍の恐怖におののいていた町は、すっかり戦争の準備を終えていたのである。


「銃を取って前線に向かえ連邦市民諸君!それ以外は老人と子供を連れて後方に退避して銃後を守れ!卑劣な蛮族共を川の向こうに叩き出すのだ!」


「インペラートル!インペラートル!インペラートル!」


 演説の締めくくりへの返答は、割れんばかりの喝采かっさいときの声であった。凱旋将軍がいせんに対する称号であるその掛け声は、軍隊式の挙手の礼とともに、石炭と水を補給した汽車が動き出して彼方に見えなくなるまで続いた。


 その2日後の朝刊は国境沿いのその町はもちろんのこと、連邦全土を再び震撼させた。


「連邦軍初の勝利!北部要塞のラテルム砦を救援」


「クレメンティウス元帥の娘の軍団、わずか4千人で40万の大軍を食い止める」


「謎の新鋭近衛軍団、成員は全員超能力者の少女か」


 人々の知らないところから颯爽と現れて、降ってわいた国難を救った近衛軍団プラエトーリアーニーとは一体何者なのだろうか、その謎に迫るには時を3年ばかり巻き戻さねばならない。

 



 

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