ケヤキの下の一石二鳥

くもまつあめ

ケヤキの下の一石二鳥

  「絶対怒られる!」

ミノリが玉川上水通りの歩道をダッシュしていると思わず口からこぼれた言葉。

友達のこずえの家を出たのは五時を過ぎていた。

スマホからママに宛てて“かえりまーす(カエルの絵文字)”を送ってからすでに三十分は経ってしまった。

「あ、やば。チャイム鳴った。そろそろ帰るね~」から

「あのさ、ミノリ、そういえばさ・・・」から話がまた始まって、あっという間に時間が経ってしまった。ショルダーバックの中でスマホがブルブルしているのがわかる。

(ママだな・・絶対怒ってる)


秋の日は日の入りが早く、すでに夕陽も家に帰る気満々で傾き、暗くなりかけている。

玉川上水は美しい自然が溢れて散歩に持ってこいだが、夕方は一転暗くなる。

うっそうとした樹木が少し怖い。

愛のチャイムが鳴るのは四時半。まだ帰るには全然早いと思うが、この薄暗闇を見ると早く帰らないといけないのも分からなくもない。

暗闇もおばけに見える樹木も怒り狂うママも怖いので、足早に玉川上水通を歩いていると、進行方向の茂みがガサガサと音を立てる。

こんな時に限って周囲に人はいない。いつもは散歩する人や仕事帰り、買い物帰りの人が数人は歩いているというのに・・・。


「な、なに!?」

思わず独り言が口から出ると、ケヤキの木の下から鳥を咥えたタヌキが顔を出した。

捕まえたばかりなのだろう、鳥はバタバタと離せと言わんばかりに暴れている。

タヌキは見てすぐに分かったが、あの鳥は・・・なんだろう?

暗がりでよく見えないが学校で地域の学習の時に習った気がする。鳥はコゲラ・・・・だと思う、多分。

何となくコゲラが気の毒になってタヌキを威嚇する。

「ちょっと!やめなさいよ!!放してあげて!!」

タヌキはビックリして口を緩めると、その瞬間、待ってましたとばかりにコゲラは思い切り羽をばたつかせて逃げる。

なんとか飛ぶ力は残っていたようで、ヨロヨロと力ない感じではあったが、夕方の闇の中に消えていった。

「・・・よかった・・・・」

コゲラが助かってホっとしたが、茂みに逃げ込んだタヌキはじーっとこちらを見ているのに気が付いた。

「・・・ごめん。」

タヌキはタヌキで必死にコゲラを捕まえたのだろうとなんだか悪い気がしてくる。

なんだか気まずくなり、ショルダーバックからこずえにもらったマドレーヌを一つ出して、タヌキに向かって放り投げる。

「これで許して!」

ミノリがタヌキにゴメンのポーズをしてまた歩き出すと、しわがれたおじさんみたいな声がした。

「全く・・・邪魔しやがってなんだよ、コレ。」

ぎょっとして辺りを見回すと誰もいない。恐る恐る茂みに目をやると、タヌキがマドレーヌを咥えて走り去るところだった。

(・・・まさかね)

ミノリは、マドレーヌの包み紙をポケットにねじ込んで帰り道を急いだ。

案の定、家の前ではママが仁王立ちになって目を釣りあげて待っていた。

ごはん前にたんとお説教されて、ヘトヘトになった。コゲラを助けてタヌキを見たことは結局言えずじまいだった。


 ――――翌日――――


ミノリはいつも通りに学校へ行き今日もこずえの家で昨日の続きをして遊んだ。

愛のチャイムが四時半になり、今日は時間通りに帰ることにした。

昨日のママの仁王立ちがまだ脳裏に焼き付いている。

こずえはもっと遊びたそうだったが、今日くらいはちゃんと帰らないとヤバイの本当にと説得して、こずえの家を出た。

ママにはちゃんとこずえの家を出たことを連絡し、玉川上水通りを歩いて帰る。

(三十分違うと全然ちがうな・・・)

買い物帰りの人、保育園から帰る人、仕事から帰る人・・・。

みんな一日を終えて帰るのだろうか。昨日よりは明るく、人通りもある。ミノリも家に帰るべくブラブラ歩いていると、小さな男の子とその母親がこちらに向かって歩いてきた。

二人の邪魔にならないように歩道の左に寄ると、男の子が躓いて派手に転んだ。

「だ、大丈夫ですか?」

こずえが思わず声を掛けると、男の子は立ち上がって泣きもせずにっこり微笑んで起き上がる。

「昨日はありがとう、おねぇちゃん!」

そう言って、チョコボールの箱をミノリに手渡した。

母親もペコリと頭を下げて、二人は歩き出しぽかんとするミノリを後目に去っていった。

キョトンとして手渡された封の開いているチョコボールの箱を見つめる。

(開いてるじゃん・・・これ)

何がなんだかわからないまま立ち尽くしていると、後ろから声を掛けられた。

古臭い恰好のおじさんだった。

「・・・お、昨日のお嬢ちゃん。

昨日は余計なお世話をありがとよ。

セガレが嫁をもらうんで祝いの品をと思って、せっかく捕ったらアンタに邪魔されちまってよ。しょうがねぇから、アンタのくれたマンジュウみたいなのをやったら大喜びでよ。カミサンが一応礼を言っとけって。・・・しょうがねぇからな。ほらよ。」

そう言ってなんの葉かわからない包みを手渡してきた。

手渡された物を見つめて顔を上げると、もうオジサンもさっきまで見えるところを歩いていた親子もいなかった。


訳が分からない気持ちで家に帰って、食卓テーブルにもらったお菓子と包み紙を置くと洗面所に向かう手を洗う。

料理していたママが手を止めて、台所から

「あら、早いじゃない何かお土産もらってきたのー?」

と私に声をかける。

「あぁ?うん、そうだよーなんかねぇ・・・・」と言いかけて、

知らない人にお菓子をもらったなんて言ったら怒られると思って言葉を濁す。

ガラガラとうがいをしていると、食卓テーブルの方からママの悲鳴が聞こえる。

「きゃぁぁぁぁ!」

うがいの水をブハーっと吐き出して、慌ててママのところへ向かう。

「ど、どうしたの!!!」

「ちょっと!なによこれ!!!」

え・・・?

ママが開けたのだろう。

テーブルの上にはチョコボールの箱から小さなまんまるの小石がはみ出していた。

包んだ葉の上には鳥の足が数本入っていた。

入っていたものにギョっとし、さっきまでの出来事を思い出しながら自分に何が起こったか整理しようとすると、

「ちょっと!どういうことか説明しなさい!」

私以上にぎょっとしているママに叱られ、説明を求められ、捨ててくるように言われ、パパに報告され、パパにも一連の流れをもう一度やることになった。

結局、グループの愉快犯の仕業だろうということで決着し、知らない人に物をもらった私が全面的に悪いということになった。

小石を捨て、鳥の足を丁寧に玉川上水沿いに弔ってこの件はおしまいになった。

でも、小石の数粒はあんまりにもまんまるで可愛いので部屋の小物入れにそっとしまった。


 それから数年後。


ここ、武蔵野の台地の玉川上水には人を化かし、人とともに暮らす生き物が沢山住んでいたことを知ることになった。

大きくなった私は、たまたま雑誌でそのことを知り、鮮やかにあの時の事を思い出した。

あの時の小石も、鳥の足もきっとそこに暮らしている生き物の仕業で、礼のつもりだったのだろう。


久しぶりに玉川上水通りを歩きながら、ケヤキや草花を見るたびに景色とあの時を思い出し、思いにふける。


「それにしても、鳥の足はないわ・・・」

木漏れ日に目を細め、ふっと笑みがこぼれたその時、ガサガサと草の中から何かの動く音が聞こえた。






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