第38話 オトマイアー家には愛が無い
「くそっ、親父なんとかしてくれよ!」
ヘルムートは馬鹿なことをしたな、とジャコモは思い、ただ、執務室に転がり込んできたゴミを無視しようとした。
だが、そこに一人の執事と鴉がいた。
(ああ、ヘルムートが焼いた執事の弟か。まあ、同情はするが、それも運命だ)
「どうした。そこのハゲのゴミに何か言うことでもあるのか?」
「ハハハハハハハハ、ハゲッ、ゴゴゴゴゴッゴゴミッだとおおおおおっ?」
相変わらずの取り繕うカツラをつけていたが、その言葉と震えでずれてしまっているのにヘルムートは築かないほど、ヘルムートは声を震わせている。
動揺しているのだろう。敬愛している子の乳に言われた言葉では無いと。
どうでもいいことなのだが。
「事実だ。噓偽りはない。任せたことをできず、手を差し伸べてやったことについて、実績を残せず。ただ、髪をハゲにさせたという醜態の噂を領民にされ、馬鹿にされている。聞いたこと、見たこと、であると鴉から聞いた。他のものからも報告が来ている」
「ぐっ、正しいです……っ。正しいです」
堪えた。まあ、正しい姿だとはジャコモは思うわけだが。
ジャコモは息子でさえも道具として考える。血を繋ぐ道具として考える。
それに優秀なのは長男であり、次男であるヘルムートは次点であるだけだ。
ヨゼフはただのゴミであったが、頭角を現してきた。ゴミから拾い上げても良いかもしれない。
事実は事実だ。そこに恣意的なものを入れてはいけないのだ。
ジャコモはそうやって生きてきて、圧倒的な魔法も持っている。ねじ伏せている。
そこで寝転がっているハゲはコントロールされた木の魔法で固定させている。
魔法の詠唱なんて、させる間なんて、すぐに風の魔法で空気をなくして窒息死させればいい。
ヘルムートは火の魔法しかできないそれだけの魔法使いだ。だから、適当な領地で適当な女を迎えさせ、その子供が優秀であればよいと思っている。
「くそったれがああああっ!」
ヘルムートはわかっているのかわかっていないのかわからないが、歯向かってこようとしない。
「まあまあ。それよりもそこの執事がヘルムート様の髪の毛を拾いましてね。すごい力を宿しているようなんですよ」
鴉が一瞬だけうれしそうな声を上げて、その後はいつも通りに淡々と告げる。
「ほう。話せ」
ジャコモも少しだけ興味がわいた。
「海賊が無様にやられたヘルムート様の一本だけ生えていた髪の毛を見つけまして、丁度珍しい場所の出身で、精霊だというのですよこの力」
精霊。過去、失われた力であり、封印されたとも言われている眉唾物の話。
だが、魔法使いが敗れるほどの能力をヨゼフを持った時点で疑うべきだ。
「この髪をわたくしが作った薬に入れて、ヘルムート様に持たせましょう。多分、とても強くなりますよ。とてもね」
含みのある言葉。
(ああ、そうか。ヘルムートは壊れるのか。まあ、それがどうした?)
「良かろう。ヘルムート。喜べ、チャンスがやってきたぞ。うれしいだろ。親としての優しさを感じてくれればいい」
そこには感情は一切、無い。
ヘルムートはごくりと唾をのみ、ぎらぎらとこれからのことを考えるだけ。
――愛はそこにない、と誰かが言ったことがあるが、どうでもいいことだ。忘れたらいいことだ。
(そうだな、没落する息子の姿を見て、哀れと感じればいいのだろうか)
柄にもないことを考えたなとジャコモは考えに至る。
「まあ、私がいれば全て問題が無いんだよ。オトマイアー家は私がいればいい」
とジャコモは呟き、崩壊する息子を無機質に見つめるだけだった。
相変わらず外での兵士たちの呪文の間違いなどが増えて、士気などは落ちているが、そんなことは補充すればよかろう、と。
ジャコモは絶対者であるのだ。
判断で間違うことは無いのだから。
(私が絶対であることに間違いは無いのだ。これからも、な)
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