第32話 追放されたことと、天気雨

 フェニが起き上がった父を見て赤ん坊のように泣いている。その姿に12歳の少年は何も言うことが出来ない。


(よかったのだろうと思っている。よかったのだろうと思っているんだ)


 でも、ヨゼフは愛された記憶が無く、ただ父に兄に虐げられていた。

 母の記憶は無い。いつしか、彼女は去ったと父は言っていたから。


「大丈夫? 苦しくない? すごい顔をしているよ。弟君」

「家族って、すごいんですね」

 絞り出すような声。枯れた声。

 ヨゼフ自身が自分の声には思えない声。


(なに、この声。誰? 僕?)


 アウロラが無言でヨゼフに、抱き着いてきた。

 いつもなら恥ずかしいからやめてくださいというはずなのに、今だけはうっとおしいとか、どうとか言える状況じゃなかった。

 ぐちゃぐちゃになっている感情があふれて、12歳の少年では処理ができなくなっているのだ。


(どうしたらいいの? という言葉や何で僕はこんなことをしてよいことをしているのに、気持ちが悪いって思うのはどうして?)

 戸惑う感情の奔流は濁流のように押し寄せて、ヨゼフに止めることはできず、叫びそうになって――


「いい子いい子。本当にヨゼフはいい子。私はお母さんにはなれないけど、お姉ちゃんとしてずっといるよ。本当に苦しかったんだね。本当に」


 アウロラの言葉にヨゼフは胸が熱くなる。


(そうなんだ。僕は苦しかったんだ)


「寂しかったんだよね。誰もお父さんやお母さん、家族が誰も見てくれなくて」


 否定できない。否定できやしない。

 

 どうして、僕を見てくれないの? お父様。

「お前は出来損ないだ。水しか出せない出来損ない。クズだ。なぜ、こんなこともできない? いらぬ」


 どうして、僕をそんな目で見るの兄さん。

「てめえは俺みたいな炎の魔法が出せないクソだりぃお荷物だ。いつか、追放されるよ。ほれ、言ってみ口答えしてみろ。お前、いつ、追放される? そうだな、誕生日、12歳の誕生日だよ。ああ、追放! 追放だ! 追放! 追放追放追放! 追放だああああああああああ!!! 追放だ!!!!!」


 ふと、フェニが捜査してきた船から入ってきたモニカと目があう。彼女は何も答えず、グッと堪えている。涙を堪えている。

 

『大丈夫。わたしがいます。わたしがいますから。だから、元気にいきましょう』

 

 家族に冷たくされた中でモニカだけは優しくしてくれた。とても甲斐甲斐しく。声をかけてくれて。


 魔法がお互い使えないから? 使用人だから?

 どちらとも、そうなんだろうだとヨゼフは思うけど、長い付き合いでそれ以外の何かをヨゼフにモニカは持ってくれている。


 でも、彼女は黒髪エルフであり、使用人であった。血の繋がりは無い。

 ヨゼフと彼女に無いものがあっても、モニカは良くはしてくれた。良くしてくれた。


「ごめ――なさい。ごめんな――。何もできなくて」

 モニカが小さな声で何かを訴えている。精霊眼の力か何かかはわからないが、それははっきりと聞こえて。


「私はお姉ちゃんだから。血は繋がっていなくてもお姉ちゃん。甘やかしてあげる。だから、泣いてもいいんだよ。今は――あなたはいいことをしたの。いいことをしたから、うれしくて泣いてもいい。男の子だからって、みっともないって言われることって悪いこと――それは絶対に違う」


 アウロラはヨゼフを抱いた。

 ヨゼフは声が出なかった。


 でも――


「雨が降ってきましたね」

 ヨゼフはただ、一言つぶやいた。


「そうだね。大粒の雨が降ってきそう。嵐も去ったのにね」

 アウロラは努めて優しく答えてくれた。


 フェニが父の無事を泣く間、ヨゼフは雨の中を歩いている気分だった。


「天気雨。晴れているときに落ちる雨って、あるそうですよ」

 モニカがそんな言葉を漏らす。


「とっても、きれいな雨ですね」

 ヨゼフはその言葉を返すのが精いっぱいだった。


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