第12話 お姉ちゃん嫉妬する
ある昼下がり。海鳥の声と磯の匂いが香る港町の一角。夜になれば、他国からくる荷下ろしを終えたおっさんたちが騒ぎ始めるマリンフェルトの歓楽街の数ある丘の中腹。
「僕は何をやっても駄目なのでしょうか?」
ヨゼフは酒場兼宿屋をやっているアネッタの店の裏の階段の縁で座り込んでいた。
「だ、大丈夫。あなたの精霊術士の精霊に求められるくらい力が強い。私も今もキュンキュンしちゃうあああああっ、しんぼうたまらん。ほら、ぎゅっ。えへへへへ。気持ちいい。ほらほら、気持ちいい。これから、私の体に温かさに酔いなさい」
「ぴいいいいいいっ!(あほおおおおお)」
「いってえええええええええええええええ! あっちゅいあっちゅいあっちゅい! 頭が燃える燃えるアフロになる! やめれ!」
ありがとう。火の鳥ちゃん(いまさらながら恐らく雌)だけが今、このお姉ちゃんと
顔が明らかに女の顔ではなく、男の子を狙う雌の顔になっていた。
しかも、ヨゼフの姿は何故か相変わらずの女の子の給仕姿のまま。フリフリで明らかに特別な人を狙っていて、やめてほしい。
「僕を笑いに来たんですか? 何をしても変なことが起きたり、ミスをしたりする僕を見て」
ヨゼフは口をすぼめて、答える。
「笑いに来たと言ったらどうする?」
「嫌いになります」
その時、ヨゼフの視界に入ったのはアウロラの目の色がなくなり、過呼吸になった姿。口呼吸をしようにも空気がなぜか入らず、ハァハァハァハァと言い続けるだけの化け物と化す。
「それは絶対にやめてください絶対に。私はいつまでも謝るから絶対に嫌いにならないでお願いだから。ほんとうに君のようなかわいくて目に入れても絶対に痛くならないいい子いい子な弟君にそんなことを言われてしまいますと私は精霊としての死を迎えてしまいます。何故なら精霊は精神的な存在であり存在意義を否定されてしまうと割と簡単に消えてしまいます。ああそうですね今から消えてもいいですか。はいか、よろしいでお答くださいピーガガガッガガガガガガガガガ。決定、ハイ今から私は昇天します消えます。だからもうこれから何も言わずに世界から消失して」
「はいはいはいはい。許しますから消えないでください。空に浮かばないでください。消えそうに、半透明になっていくのもやめてください。僕がすごく悪いようになりますから」
「ほんと! ありがとう! チュッチュッしちゃう!。愛してるよ! 弟君!」
精霊という存在だろうか、浮かび上がり、消えるような状況になったのを慌てて引き留めるヨゼフ。
どちらが年上なのかがわからないと思ったのはアウロラには内緒にしておこうと思うヨゼフであった。
「ピーピー(元気)?」
火の鳥がそんなことを言ってくれた。
ああ、そういうことかと、やっと悟るヨゼフ。
(これまでの経験から素直に思えないところがあったのかな)
少し落ち込む。
「ああ、落ち込まないで。ヨゼフは一生懸命やっているの。でも、やっぱり、水を出していただけで、重いものは持ったことがないでしょ。お水は自分で出せるけど、力が強すぎるのよね。だったら、接客を」
「はいはい。そこでなにをしているんだか。お掃除は進んだ?」
そこでフェニがブラシ片手にやってきた。
「ある程度は。でも、すぐに終わっちゃって。しかも、バケツを結構ひっくり返しちゃって。すごいメイドさんの力だったらもっと、綺麗にできるのかと思って……」
モニカが頼った知り合い――アネッタというのは昔、オトマイアーで有能なメイドだったらしい。オトマイアーでも最短でメイド長のような人物になったものの、マリンフェルトであった男と意気投合。そのまま結婚し、宿屋兼酒場を建てたという人物だという。
そんな有能な人物のお店の玄関をそれなりに時間をかけて、しかも、バケツをひっくり返したとなるとあまりよくはないのではないかと思ったわけだ。
「ま、しゃーなし。アタシも母さんに遅いとか言われたけど、最初はそんなもんだから――昨日のはやめてほしいけどね。おっさんの裸踊りと噛みたくないよ」
フェニは肩をたたき、苦笑いを浮かべた。
(本当に優しい、お姉ちゃんみたいんだなあ)
とヨゼフは頷きながら、フェニを見つめる。
「ガルルルルルルルルルルル! お姉ちゃんセンサーがセンサーが!」
と金髪の一本の髪を逆立てる
そこにいる人たちは見なかったことにした。
見てはいけない。
「押しピンはどこかしら?」
痛そうですが、何に使うのか。ぞっとさせることを言っている。ああ、アウロラに使わせてはいけない。
ヨゼフは心の中で強く思った。
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