第9話 給仕で水を使っただけです

 カオスな目覚めだったが、幸せだったと思えたのはいつぶりだっただろうか。

 12歳になり、ヨゼフは騒がしさとやさしさに包まれた喧騒の中にいたことの記憶がないことに気付く。


 ベッドから起き上がり、ギシっとした板張りの音と使い古した革靴を履く。

 外はすでに夜。だが、魔法の力で明かりが灯り,人の喧騒で騒がしく、猥雑で汚い。殴って喧嘩をしているやつもいたが、そいつを止めたりするやつ。気付けば、全員笑っていて。

 とても、生気にあふれていて、逞しかった。

 

 今までの自分はいつも殴られたり、水を流しているだけの魔法生物ゴーレムのようで惨めだった。

 幸せな世界。


「どうだい。マリンフェルトは」

 そこにはさきほど、アウロラとモニカをお盆で殴っていた少しふくよかな女性の姿があった。赤い髪を後ろで適当にまとめ、炊事の後だったのか、少し手が湿っている。


「とてもうるさいです。でも、とても元気でうらやましいです。僕はずっとモニカと二人で納屋でご飯を食べたり、使用人に殴られたり、父にも兄にもさげすまされた目で見られ、踏みつけられました。ご飯はいつももらえました。とりあえず食べれたのですが、とても寂しくて。モニカがごめんなさいと謝っているのが辛かったです」


「なんつーか。ここもアドマイアーだ。馬鹿な奴らがいて、笑えるだろって言えないだろ。辛気臭い顔してさ。今にでも泣きそうだ。本当はアドマイアーが悪いことをしていることを伝えようと思ったんだが、その泣きそうな顔を見ていると言えるわけがないわな……」


 バツが悪そうに、女性はお盆を手持ち無沙汰にぶらぶらさせつつ、しゃべる言葉を失い黙ってしまう。

 そこにモニカより少し年上の赤髪の女の子がひょっこり顔を出す。


「アネッタ母さん。仕事手伝ってよ。モニカがヒィヒィ言っているからさ。あ、そこのくそオヤジ。モニカのおしりをさわんな! 飛び蹴りかますぞオラ!」


 遠くで、ギエッと男の悲鳴が聞こえたが、他の人間は「フェニの飛び蹴りこええええ」とかいう、適当なヤジを飛ばすだけだった。


「アタシの娘だ。アタシに似て美人だろ。領主様の女にしてもいいんだぜ」


「馬鹿なこと言わないで。アウロラさん、今度はお姉ちゃんのお酒追加って、騙され胸の間ぎヤャアアアアアアアアアアアアア! ここは娼婦を雇ってんじゃないの! 騙されるな! お姉ちゃんって、感動して暴走しすぎじゃ! あほ!」


 ポカン!!!! とものすっごい痛そうなお盆で殴る音が聞こえる。下は相当カオスらしい。

 行きたくない。


「はいはい。ヨゼフ。あんたもとりあえず、これでも着ろ。女物だが、似合うだろ」

 にやりと女の子の給仕服を渡すアネッタ。


「え、あっ、その……働かざるもの食うべからず、だ」


 というわけで、ヨゼフの姿はあっという間に女装した男の娘に。


「んなわけなかろうが」

「いってっ! フェニ。叩くな!」

 先ほどのアネッタの娘が母の尻を叩き、ヨゼフを給仕場に歩かせる。


「病み上がりの子を給仕に出させんな。ま、生活魔法の水は出せるというから、それで働いてくんな」

 

「アッ、ハイ」


 といった結果、給仕に入ることになったのだが、ある事件が起きてしまったのだ。



「ふおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! 俺は最強だああああああああああああああああ! ようし、女の子もショタもいけるぞおおおおおおおおおおお」

 とでろんでろんに酔っ払ったように、叫ぶおっさんが大量に出てしまったのだ。しかも、とても元気で行動も言葉も汚い。さらには股間を突き出して踊り倒すのでカオスになりすぎている。

 翌日の話題の元になってしまいそうだ。


「「あほかああああああああああああああ!」」

 アネッタとフェニが全員をお盆で殴り倒し、モニカが介抱する。

 アウロラが記憶を消す為なのか、光を出している。


「忘れようね。これは忘れようね」

 催眠術だ。


「こ、これは何故?」

 ヨゼフが惨状に呆然としている。


「忘れてた。多分、精霊のかごを受けまくっていたヨゼフの生活魔法の水はすっごい力を与えるの。だから、使わないほうがいいよ」

 とアウロラが言うのはとても遅かった。

 ヨゼフは言葉を失い、膝から崩れ落ちるしかなかった。

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