第8話 ヨゼフの去った後

「力が出ない。どうしてだろうか」

 と使用人から、話が出てきている。どうしてだろうか。

 オトマイアー家でたまに話されることだった。


「はて、私も耄碌しましたかな」

 執事が一人、計算を間違えるようになったという。長い間仕事をしてくれ、勤勉な人間だったという。

 だが、ヨゼフはいじめた。とにかく、水を出せ。あれはうまいから、よく飲ませろ。頭がすっきりするのだ。バリバリ働けて、お前ものんだらだらどうだ。


 などと、偉そうにのたまっていた。


「使用人からどうも、仕事がうまくいかないと出てきております。年貢の取り立てもヨゼフから出していた生活魔法の水で良く育つ麦ができていたそうなのですが、どうも元気がない、などとと申す者もおりまして」

 熟練の老執事の言うことはいつも信じていることだが、これだけは信じることをしたくは無かった。

 だが、ヘルムートが良くわからない布まみれの金髪女とヨゼフに負け、ヨゼフは逃げだというところからおかしくなった。


 ヨゼフは凶暴なゴブリンのいる森に逃げたという。


「あそこにはゴブリンロードがいたから、死んでいるだろうな」


「どうかされましたかな?」

 老執事が主人の独り言に言葉を挟む。

 ひとにらみで黙らせる。


 執事は執事だ。忠実な部下であり、ただのモノであり、使えるか使えないか、だ。ヘルムートは炎の魔法が使える人であり、モノではないから、任せている領地に帰らせたが、有能でなければ優秀な女をあてがって、領地を治めさせなければならない。


「ヘルムートの様子は?」

「多少ふさぎ込んでいましたが、旦那様が仕事に励めよ。励まねば、知らぬと伝えたところ、何も」


 良い。


 反応としてはそれが良いのだ。


 気になるのは使用人や領地の年貢が少なることが駄目なのだ。優秀な領地であることをオトマイアーは示さなくてはならないのだ。

 でなければ、この乱世では生き残ろうことなどできるわけがない。


「税はきちんととれ。ヘルムートにも再度厳命せよ。体調が悪い人間は休ませろ。回復しなければ殺して、肥料とせよ。それが領民としての役目だ」

「商人どもは?」

「同じだ。税を課し、動けなければ殺せ。税をよく渡すものには便宜を図れ」

「女は?」

「子供を産ませ、きれいな奴で食わせられない奴は奴隷にして売れ。それでよい」


 老執事は顔を一瞬だけこわばらせたが、ジャコモの性格は知っている。やらなければ、死ぬのは自分だと。

 そうして、このオトマイアーの領地は強くなってきたのだから。


「だが、何故だろう。私も力が少し出ない。何故だろうか?」

 ジャコモはつぶやく。

 

 最後に残ったヨゼフの少し金色に見えるような水を飲むと頭が急にさえた。

 だが、ジャコモの考えることは領地の繁栄であり、使える誰かを使って、自分が強くなることだけだ。

 だから、頭がさえたことについては、ほんの一瞬、一瞬だけ……に気に留めて、それだけで終わったのだった。


 老執事も結局、ジャコモのことには意見ができず、自分の頭の冴えが年相応になっていくことを止めることが出来なくなった。


「あ、これ、重要な書類なのに、1ケタ間違えたかもしれぬ」

 老執事はスケープゴートに一人の若い執事を首にしたのだった。


 それが崩壊の序曲とは知らずに。

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