第三話 二人の少年

 「私、先日仕事を失くしてしまって。行く当てもなくふらふらしていたのですが、そこの通りを過ぎた時にこのお屋敷を見つけて」

 自分の置かれた状況を話し、説得を試みるアオイ。

 一度言葉を切るが、二人の表情は変わらない。

「それで、寝る場所だけでもお借り出来たらなと思って、入ってみたんです。だけど……まさか人様のお住まいだとは思わなくて」

「あっははは! 確かにこの屋敷、外から見るとずいぶん古いもんね」

「…………。」

 盛大に笑われ、また心なしか先程よりも鋭く細められた双眸で突き刺される。睨んでくる方と目を合わせないようにしながら、アオイは言葉を続けた。

「ごめんなさい、勝手に中に入ってしまって」

「気にしないで。ここにはお客さんがよく来るし」

 そう言ってもう片方の彼はにっこりと笑う。

 状況からして愛想笑いなのは間違いないが、それを愛想笑いだと感じさせないような、完璧な笑顔。人の顔色を窺いがちなアオイは表情から相手の気持ちを読み取ることがそれなりに得意だが、今みたいな微笑みを向けられたら、どんな人でも彼との関係はたちまち良好になりそうだと思った。


「すごく厚かましいお願いだとは思いますが、今晩ここに泊めていただけませんか? 行くところが無くて困っているんです」

「いいよ。空き部屋が、軽く掃除すれば使えたはずだから。コリウス、お願いできる? 」

「待ってよダリア兄さん、いくら何でも今さっき会ったばかりの人間をそんなに簡単に招き入れるなんて。大体この人は僕らの客人じゃない、不法侵入者ですよ。ただでさえ今日はもう、」

「いいじゃない、困っているみたいだし」

 先程からアオイを睨み続けている、コリウスと呼ばれた彼は眉をぐっと寄せて黙っていられないとばかりに小言をまくしたてる。ずっと笑顔の彼―ダリアは、やはりにこにこしながらそれを軽くいなした。兄さんと呼ばれていたが、二人は兄弟なのだろうか。改めて見比べてみて、似てないな、とアオイは思った。


 ダリアはサラサラの柔らかそうな金髪で、背丈はアオイより少し高いくらい。アオイと目線がほぼ同じで、ぱっちりとした瞳と人の良さそうな笑顔が印象的だ。

 コリウスはダリアよりも二十センチほど背が高いだろうか、アオイは彼に見下ろされるような形だ。体格もよく、華奢なダリアと並ぶとこちらの方が兄に見える。所々はねているくすんだ赤色の髪は短く切られていて、前髪を真ん中で分けている。そのせいかこちらを警戒するような、はたまた威嚇するような目付きが際立って余計に怖かった。

 二人は放つ雰囲気も見た目も全然似ていない。唯一、目だけがどちらも赤い色をしていた。ダリアの瞳は吸い込まれそうに真っ赤、コリウスは少しだけ緑がかった赤。

 アオイには兄弟がいないのでよく分からないが、あまり似ないこともあるのだろう。


「兄さんに何かしたら相応のことがあると思ってくださいね」

「コリウスそろそろ止めなさい。怖がってるでしょー」

「あいえ、お気になさらず……」

 肩をすくめながら言った時、アオイの腹の虫がまたぐーっと大きく鳴いた。

「ふふ、部屋の用意の前に食事にしましょうか。お好きな物はある? 」

「っ、えっと……」

 ダリアの問いに、即座に答えられずアオイは言葉を詰まらせる。なぜなら自分は花食者だから。人間の食べ物を食べることは出来ない。

 二人は黙ってしまったアオイをそれぞれ不思議そうな顔で見ている。アオイは頭をフル回転させて考えた。どうしたら怪しまれずにこの場を切り抜けることができ、あわよくば花をもらうことができるか。

 しかし、所詮は空腹で疲労状態のフル回転である。いい案が浮かぶはずもなく、今まで切り抜けてきた場面を思い出してみても、この状況で使えそうなものは見つからない。だからといって食事を断ったら怪しまれてしまう。


 だが、この人ならあるいは、花食者ということを受け入れてくれるのではないだろうか。


 ダリアはすごく優しそうだし、アオイは二人に迷惑が掛からないように最大限気を配るつもりだ。コリウスだってそれが分かれば悪い顔はしないだろう。それに、目の前にはこんなに大量の花がある。これだけあるなら、頼めば少しくらい分けてもらえるかもしれない。


 冷静に状況を判断したうえで、アオイは自分の素性を打ち明けて理解してもらうことを試みる。しかし、この冷静な判断というのはあくまでこの時のアオイの主観であり、選び取った選択肢が本当に正しいものであったか、後に振り返って考えたアオイには分からなかった。


「突然こんなことを言われても、もしかしたら信じていただけないかもしれませんが……私、花しか食べることが出来ないんです」

 意を決して、アオイはそう口にした。

 胸が痛いほど心臓が大きく波打って、喉の奥が乾いていく。

 自分から誰かに花食者だということを打ち明けたのは初めてだった。


 彼らが花食者という種族を知らなくても、頑張って説明して、分かってもらうつもりでいる。母の、人間は自分と違うものを迫害する、という言葉が脳裏を過ったが怖気づいてしまうだけなので無視した。


 ダリアとコリウスは何も言わない。アオイの言葉の意味を咀嚼しているのだろうか。いたたまれなくなって目線を下へ逸らしていたが、かなり長いこと黙っているので、アオイの頭はもはやうなだれるように沈んでいる。

 裁かれる時を待つ罪人のような心持でいると、ようやく、ダリアが口を開いた。


「君は……もしかして、花食者なの? 」

 ゆっくりと顔を上げる。

 ダリアとコリウスは見合わせていた赤いまなこを、二人同時にアオイに向けた。

「花食者をご存じですか? 」

「うん、知っているよ。というか、僕たちは誰よりもその種族のことを知っている」

「え? それって……」

 ダリアはアオイの目をしっかりと捉え、言った。


「僕たちも、君と同じ花食者なんだ」

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