第5話 てんぼう
うまく鳴けないウグイスの声を聴くと、心が落ち着く。
ウグイスは親の鳴き声をお手本にして子供のころから一生懸命練習してやっと美しい声で鳴けるようになるらしい。
僕は子供のころから、人とはうまく話すことができなかったけれど、歌えるようになった。
音楽だけは他の人と同じようにできるんだ。
天気がいい日に、森の中にいると色んな音楽が聞こえてくるけど、そこに少しだけ僕も参加して、みんなで曲のようなものを作っている。
友達を作ることが苦手だった僕にとって、憧れだったバンドでの演奏がここならできる。
僕の名は加藤武典29歳、ここガンダーラでは、てんぼうという名前で暮らしている。
こんな場所があったなんて、もっと早く教えてほしかった。
ここは、まさに僕が探し求めていた場所そのものだといってもいい。
生活費を稼ぐ必要もない。
食べるものは、食堂に行けばいつも温かいご飯が食べられるし、自分の時間を好きなだけもてる。
あの時、上野の大きな公園で歌っていなかったら、僕は今も辛くて苦しい毎日を送っていたに違いない。
もしかしたらあの時、声をかけてくれた老人は神様だったのかもしれない。
「君は、やさしい歌をうたうねぇ。どうですか?今幸せですか?」
「いや、実は今仕事辞めてしまって、家賃払えなくなって住むところも無くなって・・・。」
初対面だったのに、なんとなく愚痴聞いてもらっているうちに、いいところ知っているから、今から行かないか?
なんて誘われて、ここまで来てしまったわけだけど、まさかこんな風に生きられるようになるなんて、あの時は全く想像できてなかった。
当時行き詰まっていた僕には選択肢なんてなかった。
ただあの老人の顔が、いい人そうに見えたから何となくついてきただけなのだけれど。
もしも、ここが怪しげな宗教団体とかであったとしても、僕はここで生きていこうと思う。
ガンダーラにはルールがないということもあって、ここに来てからずっと、自分のペースで暮らしてきたけれど、僕はここについてまだ殆ど、何も知らない。
シェアハウスだから他にも住人はいるし、新しい人が入るたびに飲み会のようなことが開かれるけど、イベントごと以外で住人の誰かとかかわったこともない。
他の人たちは、たまに楽しそうにしているところを見かけることもあるけれど、まあ僕にはそういうのは縁がなさそうだ。
特に必要とも思わないのだけど、もしここで友達ができたなら・・・なんてことも最近は考えなくもないけど、欲張るとロクなことにならないというのも、過去の経験から学んでいる。
もう十分幸せなのだ。
この森さえあったら、他にはもう何もいらない。
この森でたまにすれ違って、笑顔で挨拶をしてくれた女の子・・・。
なにかの病気だったのだろうか。
管理人に亡くなったと聞いた。
あまり人に興味を持ったりは、したことがなかったのだけど。
今日は数年ぶりに泣いた。
涙が止まらないってこんな感じなのか。
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