第14話 卒コン

今、子育て卒業世代などに注目の卒コン。

実は私も本気で考えていた。

私は子育てが終わってから、お気に入りの家具を少しずつ揃えてきた。

コーヒーテーブルに花を生け、お気に入りのソファーに座りピアノの楽譜を見ながら音楽を聞いたりするのが大好きだ。

しかし、夫が全くそちらの感性がなく、枝物を生ければ枝に引っ掛かり花瓶を倒すという事はしょっちゅうだ。

それにせっかく家具を揃えてお気に入りの空間を作りあげてきたのだが、コーヒーテーブルの上は夫の趣味のバイクの部品などで物が溢れかえっている。

そんな日々に嫌気がさし、歩いて30秒の目の前のアパートに引っ越すことを本気で考えたのである。

私は趣味でピアノを弾いているので、家に防音室とグランドピアノがある。

このピアノを簡単には動かせないので、さっさと引っ越しというわけにもいかない。

ピアノは今もレッスンを受けており、毎日練習をする。

うちの目の前には家賃はそこそこで綺麗な2LDKのアパートがある。

歩いて30秒ほどである。

引っ越すならそのアパートが最適であった。

家賃も調べ「これならイケるな」と思い、夫や義母にも別居する意思があることを伝えたのだ。

夫はもちろん大反対、そもそも卒コンの定義がわからないらしく離婚はしたくないという。

義母の方が「ママの人生だから・・・」とある程度の理解をしてくれた。


これには今までの結婚生活の塵積りもある。

同じ日に予定があっても、家の事情でどちらかキャンセルというと自動的に私が予定をあきらめる。

子育てはほぼ私がした。家事もほぼ私だ。

ふっとこのまま夫の使った皿を洗い続けなくてはいけないのかと思った途端、嫌気がさした。

私は専業主婦ではない。

同じく仕事を持っている。

子供も独り立ちし、今こそ自由に生きていいのではないかと思った。


ピアノの恩師の先生とお茶をしていた時に「先生、卒コンを考えているんです」と話をしてみた。

「ピアノはどうするの?」と聞かれ、「大丈夫!歩いて30秒の所にアパートを借りるから通って練習するんです」と話すと「離婚じゃないんでしょ?それじゃ意味ないわよ(笑)旦那さんだけだと部屋がちらかるわよ。見てみぬふりはできないから余計に大変じゃない?」と笑われた。


でも私は本気で考えていた。

夫に自分の気持ちを懇々と話をし気持ちを伝えた。

とりあえずすぐ卒コンではなく、家庭内で食事だけは自分自身で何とかするという事になった。

それから夫は自分の皿を洗い、洗濯もしたりした。

コーヒーテーブルの上の環境も気持ちよくなった気がする。


年上の信頼している女友達にも卒コンの事を相談してみた。

そうすると全く恩師と同じことを言うのである。

「玄関に入って散らかってるのをみたら絶対に我慢できないと思う」と。

「かえって新たなストレスになるんじゃない?それならその家賃分ででかけたらどう?」と言われた。

同性に同じ答えをもらった私は、もしかしてそこまでする必要はないのか?と考え始めた。


夫は酒癖が悪いわけでもない、逆に家が大好きできっちり帰りご飯も家で食べる。

そしてお金遣いが荒いわけでもない。

ゆらぎ期にきている私の事を体調がすぐれない時は労わってくれる。

家具を買うのに値段にはびっくりしていたが、反対もされなかった。

女性関係も全くない。

いまはただのおじさんだが、中学の頃はかなりモテたらしく夫はなぜあなたと結婚したのか?と夫の中学の同級生の女性に面と向かって言われたこともあるのだ。


急に私の卒コンへの自信がなくなった。

メリットだけ考えすぎ、デメリットの部分をみていなかったのではと思った。

とりあえず別居せず、ルールを作りお互いに一人時間を過ごせばいいのではないかという結論に至った。


もちろん卒コンをしてキラキラした女性をみると、一年間だけでもしてみようかなといまだに思う。

でも夫も皿を洗い、普段は全くしない洗濯もしたりしている。

夫も歩み寄ってくれているのだ。

卒コンはいつでもできる。

そう思えば少し気持ちも軽くなった。


そんな時にトルコの地震のニュースをテレビで観た。

まだ見つからない人も沢山いるだろう。


ウクライナの紛争で苦しい生活をしている人のニュースもよく観る。


そういうニュースを観たら自分の悩みがちっぽけな事に気づいた。

どうせなら家賃分をトルコやウクライナの人に寄付することの方がよほど価値のあることに思えてきた。


人は一人っきりでは生きられない。

必ず誰かと関わり生きていく。

少々擦り合いながらも折り合いをつけて、いい関係を築こうと努力をしていこうとトルコの地震のニュースを観て思ったのである。




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