第13話 フジコ・ヘミング
彼女の事はあまりクラシックピアノを知らなくても名前を聞いたことがある方が多いと思う。
ピアニストの母親に手ほどきをうけ、ドイツに留学しこれからという時に、中耳炎を患い聴力を無くしたピアニストだ。
本当ならば世界で活躍していただろう彼女は、日本に帰ることもせず、ピアノの教師として日銭を稼ぎながらヨーロッパでひっそりと暮らしていた。
母が亡くなったと聞いて、日本に帰国し、たまたま弾いたカンパネラの音色が話題となり、年老いてからピアニストとして活躍するようになった。
それからはひっぱりだこだ。
今は左耳の聴力が40%ほどもどっているらしい。
ピアノは弾く=聴くというほど、自分の出した音色を聞きながら次の音を紡ぎだすために、全盲なら弾くことは可能だが(辻井伸行さんなど)、聴力が全くない状態ではピアニストとしては生きていけない。
よくピアニストがグランドピアノを弾きながら目をつぶり、上の方へ見ていたりするのを見たことがある人はいるだろうか?
あれは別に自分に酔っているわけではなく、曲の中に入り鳴っている音を確認しているのである。
音は遠くに上へ飛ぶようにならす。
そしてタッチで色々な音色がでるのだ。
この音色はピアニストの体格や打鍵で千差万別だ。
そしてその音を実現できるグランドピアノが必須だ。
上手くなりたければ趣味でもグランドを買うようになる。
グランドピアノは同じ音でも悲しげに鳴らしたり、ほっとするような音色にすることができる楽器なのだ。
フジコさんにはもうフジコさんにしか鳴らせない音があり、それはもう今までの苦難の人生があったからこその音色に聞こえる。
若い頃は正統派のピアニストとは思っていなくて、私はあまり好きではなかった。
月光三楽章など、一流のピアニストに比べるとテンポも遅く、これは月光?と思ったりしたものだ。
しかし、私も歳をとって彼女の音色の響きがとても素敵に聞こえるようになった。
若い頃は自分も未熟だったのだろう。
フジコさんの音色は彼女だけにしかだせないものだ。
フジコさんはいう。
「私は音に色をつけて弾くのよ。」
まさにそうだと思う。
もう一つ共感できたものが「ぶっ壊れた鐘があったっていいじゃない、機械じゃないんだから。」という言葉に感銘を受けた。
フジコさんを有名にしたカンパネラは鐘の音を音楽にしている。
確かに若いテクニックのある人はあれをバリバリ弾くのであろう。
私はあまり早すぎる演奏は好きではない。
音を鳴らしてそれを確認するにはある程度のタイムラグがある。
そしてピアノは音が減衰するのだ。
減衰するのを感じずにただ機械のように音が通り過ぎるだけの演奏を聞いても全く素敵だとは思わないし、上手いとは思わない。
ただアルゲリッチやユジャ・ワンなどのテクニックもバリバリだが、テンポが早くても音楽的な表現ができるピアニストもいる。
それが好きだという人もいて当然だし、否定をする気もない。
自分のお気に入りのピアニストがいるのはとても良いことだ。
音色というのはピアニストとにとって、第二の顔なのだ。
ピアノの先生にもそれぞれすごいピアニストでいいところがあるのよ。
あとは好みなのよね。と言われたことがある。
私は50を前にフジコさんの良さを凄く感じている。
なんというか癒やしの音なのだ。
最近読んだ本の中に倍音という言葉がでてきた。
基音というのは例えばミを弾いたらミが聞こえる。
倍音というのはミを弾いたら音程が微妙に変化して響くらしい。
フジコさんはこの倍音を出すことができているのではないかと思った。
私はフジコさんの人生をみると、お天道様はいるのだなと思う。
不遇な時代が長くとも、ピアノを弾き続け、弱いものには少しの施しをして生きてきたひとだ。
お天道様は彼女をみて、残りの人生を他の人よりもうんと幸せに過ごしてほしいと思ったに違いない。
私はよく祖母に言われた。
悪いことをしても、良いことをしても、人の目がなくともお天道様は見てるんだよと。
だから人間として誰が見てなくても、善い行いをすること、ずるいことをしないことと言われ育った。
私もしょぼしょぼピアノを弾いてるが、いつか弾いてて良かったと思うときがあるかもしれない。
そうして、毎日仕事に疲れてもピアノに向かっている。
フジコさんのような大きい喜びでもなくても、人生の楽しいスパイスになってくれればと思う今日このごろである。
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