第11話  ある日の出来事

私は妊婦さんや子供が小さい方にはなるべく優しく接しようと心がけている。

自分は娘を一人産み育てたが、これがまあ大変だった。

赤ちゃんの頃はずっと泣き、離乳食も進まず、歩くようになるとよく迷子になった。

上野のアメ横で迷子になったときは「あぁ、これで生き別れるのか…」と覚悟したほどだ。

神社に行けばガラガラと鳴らす紐にぶら下がり、デパートに出掛ければ入る前にベンチに顔をぶつけ、そのまま救急外来へ行ったことがある。

子育てはこんなに大変なのかと思い、二人目を考えなかったのである。

そんなわけで小さい子を3人くらい連れて出掛けているママさんを見ると「偉いなぁ〜3人も産んだのか〜」と感心してしまうのだ。


ある日、用事があり最寄りのそごうへ行くのに電車に乗った。

今月は私の誕生月であり、お得に買い物ができるクーポンをもっていた。

忘れないうちに使いたいと思い、仕事をさっさと片付け、いそいそと出掛けた。

14時位の電車だったのでそんなに混んではいなかった。

私はイヤホンでベートーヴェンソナタ10番を聞いており、シートに座っていた。

しかししばらくすると怒鳴り声が聞こえて来たのである。

どうも子供が泣いてるらしく、それに男の人が文句を言っているようであった。

「うるせぇんだよ!泣き止ませろ!!」と片方だけイヤホンを外すと怒号が耳に飛び込んできた。

私はお前だって小さい頃は泣いてただろっ!と心の中で思い、ある男性と目があった。

その方は少し神経質そうな30代のサラリーマンでメガネをかけていた。

こいつか?と思い、少しジロっと見てしまった気がする。

イヤホンを片方しか外してなかったので、怒鳴っている人の特定ができなかったのである。


子供が泣くのは当たり前なのだ。

しかもここで?という場面で泣くのが子供というものだ。

自分の子であっても、立派な一人の人間であり、コントロールなどできない。

私はこういう目に会いたくなかったので、娘がある程度大きくなるまでは母娘で出かける事は控えていた。

だから余計に子育てにストレスを感じた。

だから子連れで例え凄く疲れて大変であろうが、お母さんがリフレッシュできれば…と思い、ギャンギャン泣いてる子連れがいてもしょうがないよねと思う事にしている。


そのサラリーマンも私とよく目があったせいか何かを感じたのであろう。

少しずつ私の視界から消える場所へ移動していくのである。

これはなんなんだ?と思い、イヤホンを外すと全くの別人が怒鳴っていた。

しかもちょっと変わってるというのがすぐわかる出で立ちの方だった。


そのサラリーマンの方にはかなり申し訳ないことをしたと思い、心の中で本当にすみません…と思った。


やはり物事はきちんと見定めなくてはならないとすごく謙虚な気持ちになった。

用事を済ました帰りの電車の中で夫からラインが入った。

「今どこ?」と聞かれたので「電車の中、〇〇駅」と返すと「自遊人だね~」と返された。

これには訳がある。

最近はほぼ毎週休みの日は出掛け、この間の休みの初日は午前中は美容室へ、午後はピアノレッスンを一時間受け、夜には友達とイタリアンに行き、夫のぐち大会で盛り上がった。

このゆらぎ期にそんなに動ける訳がないのに、予定を詰め込み、案の定次の日は一日寝ていた。

夫は自由気ままに行動している私を自由人にかけて自遊人と返してきたのだ。

いつもの私なら「子育ても終わり、あなたのお義父さんも介護してちゃんと見送ったし、家事も仕事もしている!何が悪いんじゃ!」と言うのだろうが、思わず「すみません…」と送った。

夫より「そんな気持ちあるんだ!びっくり!!」と返され、かなり呆れているのが手に取るようにわかったのである。

私は「私だってそういう気持ちあるよ…」と返すと将棋のひふみんの声が出るスタンプで「マジで?」と返ってきた。

割と混雑している夕方の電車の中でひふみんの「マジで?」が響き渡ったのである。

何人かの視線を感じた。

きっとバチが当たったのだ。


このやりとりのラインをイタリアンに行った友達に見せたら大爆笑していた。

「いいよいいよ、仲良くて羨ましいよ!」と言われた。


やはり人間、調子に乗ってはいけないのだ。

自分の何気ない行動で嫌な思いをした人がいるかもしれないと、謙虚な気持ちで毎日を過ごすことが大切だと思った一日であった。


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