第8話 秋
夏の暑さが落ち着き秋めいてくると、何となく本を読みたくなるシーズンに突入する。
秋の夜長のせいだろうか。
冬は冬で暖房の効いた部屋でゆっくりとコーヒーや紅茶を飲みながら読むのもとてもいい。
とにかく本が読みたくなるのだ。
読書の秋とはよくいったものだ。
最近は川端康成を読んでいる。
これは知り合いの20代女子のオススメだ。
彼女は漱石が好きらしく、大学時代は日本文学に没頭したらしい。ウィスキーもたしなみ、すでにアラフォーなのではないかと思うほど渋い趣味をしている。
なぜそう思うかというと、娘が高校時代の国語の教科書に漱石のこころが載っていた。
娘は国語が得意で模試で国語だけ全国2位をとって担任を驚かせたことがある。
それなのに「なんでこんなおもろない話を読まないといかんのだ」と怒っていたことがあった。
まだ10代には漱石のこころは確かに難しいかもなと私は思った。
私も漱石のこころの良さがわかったのは40代に入ってからである。
もう何回も読んだ。
今年は2022年版の文庫本のデザインが可愛く、それも買った。
その20代女子に勧められ「川端康成を読んでみてください」と言われ雪国を最初に読んだ。
なんというか漱石とはまた違う文章の美しさがあり、絵画のように情景が浮かぶような文であった。
彼女に「康成読んだよ、まだ一冊だけだけど雪国を読んでみた。」というと「もうあの文章、変態的に美しいですよね!」とちゃんと20代らしい返しが帰ってきた。
確かに変態的に美しいかも…
雪国をある夜に読んでいると、夫から「そんなエロい本を読んでるの?」と言われた。
どうやら映画が作られてるらしく、それはかなり官能的な作品らしいのだ。
確かに雪国の情景の中の男女の話だが、小説はそんなに官能的ではない。
私は堂々と夢中に電車の中でも読んでいたが、映画の雪国しかしらない方がみたら、おばさんがエロい小説を夢中で読んでると思っただろう…
何だか釈然としなかった。
今日、川端作品の二冊目の古都を読み終えた。
それもとても良かった!
京都を舞台に描かれているが、本当に頭の中に情景が浮かび、主人公のやりとりをそっと見ているような違う世界へ導かれるのだ。
なので音楽を聞きながら読書は、私は無理である。
ピアノが趣味のせいか音楽もきちんと聞こうと脳が構えるのだ。
文章の情景が音によって邪魔されるので、音は全く無いところで読むようにしている。
ピアノと読書は似ている。
クラシックピアノも曲に入ると違う世界へ行くのだ。
いくら女性がマルチタスク脳をもっていても私は無理である。
秋は芸術の秋ともいう。
こぞって世界的な音楽家10月〜11月にかけて来日する。
私も11月には3つの公演の予約を取った。
そのうち二人はもうここで聞いておかないとと思うお年のかたであり、もう巨匠と云われるお二人だ。
昨年、サントリーホールの内田光子さんの公演を観に行った。
この方は日本人であるが、今は英国籍で日本に来るには来日という形になる。
この方は反田恭平さんが昨年のショパンコンクールで2位をとるまで、日本人最高位の2位を51年前に取ったピアニストだ。
反田さんは人生変わるくらいテレビに出まくり、雑誌の表紙をかざり、SNSも上手くつかっているせいか、反田一色であった。
ワイドナショーに出たのもびっくりした。
それくらいショパンコンクールというのは凄いのだが、当時内田さんは2位をとっても鳴かず飛ばずだったそうだ。
彼女はヨーロッパに残り、ピアノのレッスンをしたりして10年、日銭を稼いだ不遇な時代があった。
普通なら心折れてピアノをやめるのではないかと凡人は思う。
しかし彼女の名言は「金持ちであることなんて最終的には何の意味もない。
贅沢なものを所有しなくたって、自分がやりたいと思うことを、やりたいようにやって生きていれば、他に何を望む必要がありますか?」という方だ。
私はいき様にも感銘を受ける。
大好きなピアニストだ!
内田さんのベートーヴェン、シューマン、シューベルトの演奏はとてもお気に入りで、すぐにあちらの世界へ連れて行かれる。
今年も1日だけサントリーホールでボストン響とベートーヴェンのピアノ協奏曲5番皇帝を弾く事になっている。
このチケットは34000円するのだが、あっという間に売り切れ私は取ることができなかった。
今世界でも10本の指に入るピアニストでもあり、エリザベス女王からもデイム(男性だとナイト)の称号を頂いている。
その昨年の内田光子さんのリサイタルのプログラムがモーツァルトであった。
その時は私はマイブームがモーツァルトでチケットをとり、いそいそとサントリーホールへ出掛けた。
内田さんのリサイタルは結構聞きに行っているが、モーツァルトは初めてだった。
余計に胸が高鳴りやっと生で聞ける!と喜んだものだった。
私は内田さんはアンコールは弾いて一曲、もしくはなしという事が多いので、端の席をとることにしている。
皆が拍手している中、会場から抜けて帰りの混雑を避けるようにしているのだ。
その日も8列目の端の席に座り、プログラムを見ていた。
しばらくすると割と渋いイケメンのおじさまがやってきて、私の隣に座った。
私はクラシックピアニストの客層を何となく知っているので、そのおじさまには違和感を覚えた。
その直感は当たった。
じきに色気ムンムンのミニスカートワンピースのお姉さまが現れた。
最初は親子かと思ったが、それにはちょっと違う。
しかもあまり内田さんの事は知らない感じで、モーツァルトでも今日弾くソナタもどんな曲かわからないようだった。
まっモーツァルトならなんとなく聞けるわね位で、この後はどうする?私のホテルで食事する?と否が応でも耳に二人の会話が入ってきた。
この二人はもしや?秘密の関係か?と思った。
その真相はしるべく術はないが、何となくそうではないかと思う。
私も50になるオンナである。
それくらいは察する能力位はあるだろう。
しばらくすると、照明が落ち舞台が明るくなった。
シーンとなった会場に内田さんが現れ、拍手が会場を包む。
そしてモーツァルトのソナタの演奏が始まった。
私は楽譜が頭に浮かんだ。
モーツァルトならではの音楽の美しさ加え、内田さんの音法と融合したモーツァルトのソナタを聞き入っていた。
楽譜でいうとまだ2ページ目に入ったところである。
お隣のイケおじがグゥ~といびきをかいたのである!
私は一瞬音楽の世界から出され、そのいびきを聞いてしまい、イケおじの顔をすごい顔で見てしまった。
それに気づいた連れのお姉さまがイケおじの膝をたたいたのである。
その瞬間は本当に音楽の世界から放り出され、一楽章は不完全燃焼で終わった…
せっかく楽しみにしていたモーツァルトなのに…
しかし、モーツァルトの音楽は胎教にもいいし、自律神経にもいいときく。
イケおじの眠りを一瞬で誘うモーツァルトと内田さんの演奏はやはり凄いのだと変な意味で感心したものだ。
それも良き思い出とすることにした。
私が芸術の秋に入ったことを知った義母が今日、本を沢山持ってきた。
義両親は大変な読書家で、生前、義父が運転できる時は毎週図書館に通っていた。
義母はもう読みたい本は図書館にはないというくらい読んだらしい。
そして漱石全集も持っている。
義父は外国の作家も好きらしくトルストイなどを読んでいたようだ。
義母はそれを終活のため捨てようと思っていたらしいが、20代女子が「昔の漱石全集とか凄い値段になってますよ!」といっいたのを思い出し、義母に捨てるのを辞めさせた。
自分が老後にゆっくり読んでもいいのだ。
だが義母の持っているのは昔カナの文章の漱石なので、読むときに少し腦力が必要だ。
芸術の秋は始まったばかり、今年はどんな事が起きるのかとワクワクしている。
人生は楽しいことも沢山あるのだと思い、義母の持ってきた本を読みはじめたのだった。
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