51話 白馬と飛竜の最後の

 オルベンをアトラクシアの長だと判断したエリックは、オルベンめがけて直進した。ゾンビに囲まれていたからだ。オルベンは相当弱っているように見えた。一刻の猶予もなさそうだった。

 エリックの方を向くゾンビ達。しかし、エリックはそれに臆さずに、オルベンの元へと向かう。

 剣を一振り、二振り。ゾンビは、エリックの相手ではない。エリックは素早くオルベンの元に辿り着くことに成功した。二人で並び、ゾンビ達に向かい合う。


「何者か?」


 オルベンは剣を振りながら、エリックにいった。


「ラウエス殿の仲間です。アトラクシアに案内してもらいました」


 それを聞いたオルベンは安堵した。ラウエス、よくやってくれた、と。


「我々の手伝いをしてくれるのか?」


「はい。倒したい敵がいるのです」


「それは?」


「アルジャーノです」


 我らの目的も同じだ。アルジャーノが、死者を操り、アトラクシアを我が物にしようとしている。死者だけではなく、生きている護衛もいる。共闘していただけるか」


「無論です」


「頼もしい。私にも、まだ雑魚を引き付ける力は残っている。隙を見て、アルジャーノを討ち取ってほしい」


「わかりました。アルジャーノはどこに?」


「あそこで楽観している」


 オルベンは建物の西側を向いて、指を指した。そこには子供の姿があり、一人、護衛のように、人物が側にいる。洞窟で出会った、エスタルという敵だ。

 アルジャーノ!

 エリックの鼓動は高鳴った。クスハを救う唯一の道。エリックを間違った道に歩ませた敵。


「お任せください、オルベン様」


 冷静でいなければと、心に刻み込んでいたエリックだったが、この時ばかりは感情が先に動いた。アルジャーノ目掛けて走り出す。ゾンビ達は、エリックに襲いかかろうとしている。


「お前達の相手はこの私だ!」


 オルベンは、傷ついた羽を羽ばたかせ、ゾンビ達の注意を引いた。どうやら、ゾンビの知性はそこまで高くないようだ。標的をエリックからオルベンに移している。

 その隙を見て、エリックは全力で駆けた。今、この瞬間にも、クスハの命は尽きようとしているのかもしれないのだ。


 アルジャーノは、エリックの接近に気づいた。しかし、表情は変わること無く笑っている。むしろ、さらに笑みを増していた。無邪気な少年。エリックの接近にも動じず、なんの戦いの構えもとっていない。

 アルジャーノの部下の、エスタルだけが動き出す。エリックは警戒した。あの敵は、地面に潜れる。そして、予想通り敵は地面に潜り込んだ。

 地面に潜った敵を攻撃することは出来ない。狙うべきは、相手が仕掛けてきた時のカウンター。それを誘発させる必要があった。おそらく、アルジャーノに危機が迫れば、地面から出てくるだろう。

 本命はアルジャーノ。それは揺るがない。

 エリックは剣を構えて、アルジャーノに突撃した。

 アルジャーノはエリックの姿を見ると、満面の笑顔になった。


「やあ、エリック君」


 語りかけるアルジャーノに容赦せず、エリックは切りかかった。

 殺意の籠もった一撃。時を止めながらカーブする剣。

 しかし、アルジャーノはそれを避けた。


「まあ、待ちたまえ。君にとって良い条件がある」


「お前と話すことは何もない!!」


「クスハ君のことでも?」


「クスハのために、お前を必ず殺す!!」


「そうかそうか。しかし、私の味方をすれば、クスハ君の病を治してあげるぞ?ここまで来るのに、大分苦労しただろう?旅は楽しかったかい?簡単に情報を鵜呑みにする君の姿は滑稽だったよ」


「貴様……」


 エリックの心にこみ上げてくる怒り。人を遊び道具にするアルジャーノ。


「クスハ君を救うのが目的なんだろう?なら、私に協力すればいいではないか。約束しよう。必ず、彼女の病は治してあげよう。このアトラクシアを制圧すれば、幻獣も魔物も、私にひれ伏す。ここの存在に気がついたのは、最近のことだったがね。さあ、どうだ?協力しないか?」


「断る」


 エリックは両の目でアルジャーノを見つめている。旅に出たばかりのエリックなら、もしかしたら、要求を飲んでいたかもしれない。

 だが、今は違う。仲間たちがいるのだ。アルジャーノに屈してはならない。


「素晴らしい。決意の籠もった目だ。私はそんな目が大好きだ」


 アルジャーノは可笑しそうに笑った。それは、人を嘲笑うものだった。


「もはや語ることは何もない!お前を殺す、アルジャーノ!仲間たちが道を切り開いてくれた!!」


 エリックはアルジャーノに再び斬りかかろうとした。それと同時に左方向の地面から浮かび上がってくる敵の姿。エスタル。

 右に跳ぶエリック。確実に仕留めるのは、自分に接近してきた時だ。時空の剣なら時を止めて、確実に仕留められる。相手が距離を詰めてくるのを待つ。そして、その間にアルジャーノを叩くのが正解。

 エリックが気に入らないのは、アルジャーノ自身は、まったく戦おうとしないという所だった。部下に任せて、自分は高みの見物。自分の力では何もせず、ただ他者を利用するだけ。

 熱くなるな。

 ローエンの顔を思い出す。彼のような冷静さが、今、必要なのだ。

 アルジャーノを、冷静に殺すことだけを考える。

 クスハは今も待っている!!


 シノとクアミルは、空中階段を避けながら探索をしていた。空中階段に昇らないのは、いささか落下が気になる点で、落下しないように、安全なところからアルジャーノがいないか調べてみようという話になったのだ。

 クアミルも、護身術ぐらいなら心得ている。探索の途中で何度かゾンビに遭遇したが、シノが全て片付けた。ナイフの切れ味は鈍っていない。ゾンビはシノにとって、ただの雑魚だった。


「アルジャーノはいないな」


 シノ達は、入り口から右手に曲がった所にある建物内に入った。

 建物の中はまるで廃墟のようで、無惨に殺された幻獣や魔物の死骸が転がっていた。敵の姿は見えない。誰もいない。

 クアミルの心が動いた。

 助けられなかっただろうか。人間も、幻獣も、魔物も、一つの意志を持った命だ。

 しかし、命とはなんだろうか。自分に害をなす虫に対しては、人間は殺すなどの行為を取る。それは、不愉快だからだろう。

 虫も、一つの命を持っている。人間が正しいのか。虫が正しいのか。


「ここは全滅か……まだ生き残りがいるかもしれない。行こう、クアミル」


 シノは悲しげに、死体達を見ながらいった。

 クアミルは深く頷いた。何故、争わなければいけないのだろうと思いながら。


 エリックとアルジャーノ。彼らの戦いは続いていた。

 ゾンビ達は、エリックを狙っていない。オルベンが挑発し、ゾンビの相手をしていたからだ。

 オルベンは勇敢に剣を振るい、また、それを脅威とみなしたゾンビ達が、オルベンを殺そうとしている。そのおかげで、エリックは集中して戦うことが出来た。

 地面に潜るエスタルと、何もしないアルジャーノ。アルジャーノは何もしないのだが、回避能力が高い。まるで、時空の剣が読まれているかのようだった。止まった時の中で、あるジャーノは間違いないく動いている。故に、仕留めきれない。

 対して相手、エスタルは、慎重にエリックを狙っていた。迂闊には接近してこない。

 エリックは焦らず状況を分析した。敵は、攻撃する気がほとんどない。では狙いは何か?

 オルベンが倒れることだ。長であるオルベンが倒れるまでの時間稼ぎをしているのだろうと予想した。実際、今オルベンが倒れては、兵力差でエリックは窮地に追いやられる。


 攻撃を当てなければならない。しかし、アルジャーノに向けて剣を振るうがことごとく回避される。

 何かが異質だ。動きが読まれているとしか思えない。


「私を殺すんじゃなかったのか?そんなことではクスハ君は救えんよ」


 子供の姿のアルジャーノは、またしてもクスクスと笑った。

 その挑発に、エリックは乗らなかった。ひたすらに頭を回転させていた。

 原因はわからない。わからないが、剣の攻撃は全て読まれて回避される。時を止めているのにもかかわらず。

 なんだ?

 エリックは戦術を変えた。

 アルジャーノに向かって駆け、拳を振るった。剣以外の攻撃手段といえば、これしかないからだ。

 しかし、それも当たらない。

 剣から手を離したエリックを、エスタルが襲う。

 だが、エスタルはエリックの敵ではなかった。地面に逃げ込まれる前に切ってしまえばいい。

 斬りかかろうとしたエスタルを、時空の剣で切り裂くエリック。エスタルは胴を真っ二つにされ、苦しそうな声を上げた。何が起こったのかも、エスタルは認識していなかっただろう。

 これで、アルジャーノと一対一。

 オルベンの方を横見で見るエリック。ゾンビ達の相手を、オルベンがしてくれている。


「私を殺せば、クスハ君の病は治らんよ」


 アルジャーノが、エスタルの死など関係ないというかのように告げた。


「またお得意の嘘か!!」


「殺せば治る道理があるかね?」


 エリックは、アルジャーノの言葉に考え込んだ。

 旅の目的は、クスハを救うことだ。アルジャーノの言葉は正しいのか?

 もしかしたら、最悪、クスハの病が、アルジャーノの死によって治らない可能性もある。

 だが、エリックはアルジャーノを信用しなかった。平気で嘘をつく相手だ。自分の身を護るために、嘘をついてるとしか思えなかった。

 それに、アルジャーノがアトラクシアを狙うのも許せなかった。人を騙して楽しむのも、許せなかった。


「アルジャーノ!お前は人間を舐めている!!生物を舐めている!!何が狙いかは知らないが、人を騙す悪意の塊の言葉に耳を貸す気はない!!」


「人を騙す?人聞きの悪い。私は情報を渡しただけだ。勝手に行動したのは君じゃないかね?」


「貴様!!」


 アルジャーノを睨むエリック。しかし冷静さは失わない。

 自分一人の戦いではないのだ。協力してくれた仲間たちがいる。


「その反応が答えではないかね?君は自分の行動に責任を持つべきだ。クスハ君は可哀想に……一人で取り残されて」


「一人ではない。俺が必ず会いに戻る」


「その希望もここで終わる」


 アルジャーノは高くジャンプして空中に舞った。建物の壁は、相変わらず黄金だ。

 宙に舞うアルジャーノを光が覆い、そして、光と共に、黒色の飛竜へと変身した。

 竜の肌を覆う黒い鱗。赤く鋭い目。今にも炎を吐きそうな口。白い牙。竜の体格は、エリックの三倍ほどだった。大型というわけではない。

 しかし相手が空を飛べるのは、エリックにとってあまりにも不利だった。アルジャーノの真の姿が竜であるとは、想像もしなかった。

 エリックは、宙に舞う飛竜を見上げた。そして頭を回転させた。

 勝つには……。

 エリックは、オルベンの方を見た。オルベンはまだ戦えている。飛竜の目はエリックへと注がれている。

 決断したエリック。彼は一歩踏み出した。アルジャーノに対してではなく、建物の入り口へ向かって。

 アルジャーノは、内心でせせら笑った。これが人間だ。圧倒的な脅威を目にすれば、覚悟も揺らぐ。決意などと笑わせる。愚か者を逃しはしない、と。


 入り口へ向かい、真っ直ぐに駆けるエリック。追うアルジャーノ。

 アルジャーノの変身した飛竜は、そこまで大型ではないが、炎を吐くことが出来た。

 黒竜の口から吐き出される炎弾が、エリックを襲う。

 しかし、エリックは後ろを振り返らない。ただ、入り口だけを目指している。


「(ラウエス!)」


 エリックの心の中。オルベンを置いてまで逃げている理由は、ラウエスにあった。ペガサスに乗れば戦える。逆に、ラウエスと合流しない限り、空を飛ぶアルジャーノに勝つ手段はない。

 この条件には、大きな杞憂点があった。ラウエスがゾンビに破れ、倒れていたらお手上げという点だ。

 しかし、信じるしかない。それしか勝つ手段はないのだから。

 エリックは炎弾をギリギリで回避しながら、ラウエスの元へとひたすらに駆けた。


 アルジャーノは、少し苛立っていた。炎弾がなかなかエリックに当たらない。

 エリックの剣の事は知っていた。人間の姿の時は、エリックの力さえ封じられるが、攻撃へと転じた飛竜の姿の時に、その力は使えない。時空の剣でタイミングをずらされ、直撃させられない。

 しかし、アルジャーノは考え直した。エリックに、自分を攻撃する手段はない。

 そう考えると、笑みすら浮かんでくる。愚かではないか。空中に対してまったくの無力。焦る必要はない。むしろ、ワザと外してやってもいいくらいだ、と。

 地を這う人間の愚かさ。あんなに懸命に足を動かして、まるで小動物ではないか。

 しばらくは、この余興を楽しむのも良い。アルジャーノは完全に手を抜いていた。


 建物からかろうじて抜け出したエリック。後ろからはアルジャーノが追ってきている。

 そして前を見た。先を見た。未来を見た。彼の目線の先には、ラウエスの姿が見えた。

 戦っている。ゾンビと戦っている。華麗に、宙を舞っている。

 エリックは好機と見て、さらに速く駆けた。ありがとう、ラウエス、と。

 ラウエスも、エリックの姿に気づいた。彼の後ろから迫る飛竜の姿にも。

 飛ぶ炎弾。

 ラウエスは賢い。すぐに状況を理解して、エリックの元へと羽ばたいた。

 ゾンビを、乗り越えエリックの元へ。石の回廊に着地。


「ラウエス!アルジャーノを倒すぞ!」


 エリックは勢いよくラウエスの背中に乗り込んだ。

 何の因果か。枯れ木の廃墟で朽ち果てるはずだったラウエスが、今こうして、エリックの力になっている。

 これが縁と言われる物だろう。

 神の仕業か、人間の優しさか。

 いずれにせよ、エリックはアルジャーノに勝ちうる機会を得た。後は、エリックとラウエスがどこまで戦えるか。すべてはそれにかかっている。

 飛翔するペガサス。

 相対する黒竜。

 この旅の、最後の戦いが始まる。

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