終章 幻想の街アトラクシア
46話 最後の旅路
エリック達はアルカディアに別れを告げた。下に川の流れる橋を渡って、平地へ移動。
緑の大地を歩いていく。空には、まだ明るさは見えない。
目指すは西。ラウエスはペガサスの姿になっていない。彼女ならば、祠を通る前にアトラクシアの状況を見ることも可能だろう。だが、そうすると相手に勘付かれてしまうので、人間の姿をしている。それに、みんながペガサスの速度についてこれない。
ラウエス達はひたすらに歩いた。野盗には襲われていない。アルカディアから、ずっと西へ。みんなの間に、不思議にも、会話はなかった。精神を集中しているのかもしれない。
空が、少し色を変えた頃。アトラクシアへの到着は何時になるか、とみんなが思っていた頃。不意に、ラウエスが足を止めた。
「あれです。あれが、アトラクシアへ繋がる祠です」
ラウエスは前を指差した。確かに一見すれば緑だらけで、祠の入り口など無さそうに思えたが、目を凝らすと、緑に包まれた石が見えた。それが左右と上に広がり、中へ入れるようになっていた。
「狭いな」
エリックは呟いた。剣を振ることは無理だろうか。
ローエンが、みんなの先頭の場所へ移動した。作戦通りにいくつもりだ。
歩く時間が長かったためか、朝日が出始めている。影が出始めている。
「行こう、アトラクシアへ!ローエン、先頭を頼む」
「任せてください」
みんなが祠の中へと入っていく。周囲に敵の姿はない。
旅の終わりになるのだろうか。いや、しなければならない。
ローエンを先頭に、みんな祠の中へと入った。意外だったのは、入り口とは対照的に、中の空間が広いことだった。天井が高い。光はあまり差し込んでいない。石の柱のような物が、地面と天井を繋いでいる。その柱が何本もある。薄青い光が幻想的な洞窟だった。
「広いな。しかし敵の姿が見えない」
エリックがローエンと並んだ。この広さなら十分に戦える。
しかし、問題なのは敵の姿が見えないこと。
「なんで敵がいないんだ?」
最後尾のシノが声を出した。アトラクシアに向かう者がいないから、ここを守る必要はないという敵の考えだろうか。
「油断せずに進もう。どこかに隠れている可能性もある」
エリックはそう言いながら、歩み出した。柱の裏に敵がいないとも限らない。
洞窟の最初のスペースにあったのは、石の柱たちだけ。ほのかに地面が水気を帯びていて、もしも観光目的だったなら、美しい景色だっただろう。しかし今は違う。戦いに来ているのだ。
柱のスペースを半分ほど歩き終えた。中央付近に、みんな集まっている。
エリックが不意に足を止めた。剣に手を当てている。
ローエンもそうだった。槍を握っている。
「いるな」
エリックは右側、前方の柱を見つめていた。柱の裏に何者かの姿が見えたからだ。
謎の人物は、柱から出てきた。黒いカーディガンを着ている。白い長髪に赤い瞳。身長は高かった。そして、細い。だが、男であるように見えた。
「いらっしゃいませ」
謎の男は、エリック達に笑顔で話しかけてきた。
「お前は何者だ?」
「ああ、失礼。エスタルと申します。あなたは、エリックですね?」
「知っているのか?」
「はい、勿論。それで、あなた方にお願いがあるのですが」
「なんだ?」
「ここで死んでください」
そう言うと、エスタルは柱の影へとまた戻った。姿が見えなくなった。
エリック達は、全員戦闘体制。シノはクアミルにぴったりくっついている。
先頭はローエンとエリック。
先に仕掛けるか。いや、まずは相手の動きを見る。
相手は柱の陰に隠れた。動き出せば柱から出てくるのだから、すぐにわかる。
物騒な会話の後に訪れる静寂。敵、エスタルは動きを見せない。
襲いかかってくるなら、すぐに襲ってきたはずだ。エリックは考える。想像出来る狙いはある。エスタルが注意を引いている間に、他の仲間がエリック達に襲いかかってくる可能性だ。そこに、エリックは注意をしていた。ローエンも同じくである。周りに柱だらけなのだ。新たな敵が、身を隠している可能性がある。
しかし、エスタルという人物は動きを見せない。エリック達からは柱しか見えない。
守りに徹するつもりなのか。あるいは、まだ隠れている敵がいるかしれない。
仕掛けるか?
エリックは、時間を与えてはならないと思い始めていた。敵が、仲間が来るのを待っている可能性も十分にある。合流される前に叩くべきという思考。
それに反し、敵は時間を稼ぐなら、わざわざ名乗りを上げてエリック達に話しかける必要もなかったはずだ。
ただの待ち伏せなのか?仲間を待っているのか?
「仕掛けましょう」
エリックが考えている中、ローエンの声が聞こえた。ローエンは直感でそれを選んでいた。そして、エリックもローエンの直感を信じた。
止まっていた態勢から、一気に駆けるローエンとエリック。狙うは右前方の柱、その後ろにいる敵。ラウエスはこの狭さでは、ペガサスになっても出来ることはなく、クアミルの側にいた。ここで考えなければならないシノだったが、生き抜いてきた直感が、辛かった人生の旅が、『自分は動かないべきだ』と告げていた。だから、動かなかった。クアミルは当然動かない。彼女は戦闘要員ではない。
エリックが、柱の裏側が見える直前で剣を振った。振っている間は時間が止まる。安全に距離を詰められる。
柱の左側を突っ切るエリック。そして右を見た。
そこに敵の姿はなかった。
続くローエン。エリックは周りを警戒。ローエンも柱の裏側を見た。誰もいない。
その時、当然かのように床、すなわち地面を通過して、エスタルがクアミルの背後に浮かび上がってきた。
地面を抜ける力。
エスタルは剣を持っていた。
剣をクアミルに向けたエスタルが、彼女を刺し殺そうとした瞬間、シノが反応した。
ナイフで全力の一振り。剣を弾いた。シノの腕の筋肉は隆起していた。
そのまま、敵の喉元目掛けて襲いかかるシノ。
しかし、相手は後退。距離を取られる。ラウエスとクアミルは驚いて動けない。
舌打ちするシノ。ここでは影渡りは使えない。
「シノ!」
エリックが、シノ達の元に駆け寄った。ローエンはエスタルを追っている。
「分断させることが目的だったんだ。性格の悪いやつ。動かないでよかったよ……地面を潜れるみたいだな」
「このままクアミル達を守っていてくれ、シノ。敵の相手は俺とローエンがする」
「そうもいかないんだな。ラウエはともかく、クアミルはロクに戦えないのがバレてしまった。敵はそこにつけ込んでくるはずだ。さっきはたまたまナイフで剣を弾けたけど、次も弾けるかどうかはわからない。役目を交代してくれ、エリック。お前の剣なら、敵の攻撃を弾けるはずだ。いや、カウンターでそのまま仕留められるかもしれない」
エリックを見つめるシノ。それに対するエリックの判断も速かった。シノの言っていることは正しい。もどかしいが、ローエンとシノに敵を追ってもらう方が賢明だ。
「わかった。頼む、シノ。俺は二人を守る」
「了解」
少しの微笑みも見せずに、シノはローエンの後を追った。
エリックは周囲を観察。他の敵を探す。しかし、見当たらない。相手は一人だ。
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