43話 妖精王オルベン

 レストランのドアを開けて、誰かが入ってきた。店内にドアの音はよく響く。

 入ってきたのはク、アミルだった。長い銀髪を揺らしながら、エリック達のテーブルへと近づいてきた。


「クアミル、薬の調合は?」


 エリックが尋ねた。クアミルの作る薬の効能は未知数。みんな、クアミルの薬の効果を聞きたがっている。戦局を大きく左右するかもしれないからだ。

 相手は魔法。エリック達は人間の叡智。そして、不思議な超能力。

 異質と結晶のぶつかり合い。


「順調です」


 クアミルは、エリックの隣の椅子に座った。そして、いくつかの細長い瓶を、テーブルの上に並べた。料理の横に薬が置かれた形になる。


「色々な薬が使えます。説明しましょう……まず、傷を治すための薬です。それだけでも、種類が違います。一つ目は、傷口に塗るための薬。即効性があり、痛み止めと止血を兼ねています。大怪我でなければ、この薬で治せるでしょう。二つ目は、自然治癒力を高める薬です。人間の本来持っている回復作用を、爆発的に高めます。これは飲み薬になります。ただし、代償があります。爆発的に身体の治癒力を上げますが、その後に待っているのは反動。使ってから一時間も経てば、内臓の痛みで動けなくなります。どうしても、という時にだけ使ったほうが良いと私は提案します」


 クアミルが人差し指を上げながら話している。みんな、それを黙って聞いていた。

 怪我への対応。それが出来るようになることは大きい。

 クアミルは机の上の瓶の一つを手に取った。黄色い液体が瓶の中に入っている。


「こちらは、人間の戦闘力を高める薬です。本来、このような薬は作りたくはありませんでしたが……。この薬は、即効性の飲み薬です。飲むとどうなるか。人間は、脳で無意識に筋肉の動きを制限しています。そうでなければ、オーバーロードして身体が壊れてしまうからです。しかしこの薬は、筋肉を制限する作用を、極限まで止めてしまいます。それ故に、筋肉が通常の比ではないほど動かせるようになります。しかし……先程と同じですが、副作用があります。筋肉の繊維が痛みすぎて、薬の効果が切れたら動けなくなってしまうのです。一回ならば、誰でも服用出来ます。しかし、二回も飲むとなると、死の可能性もあります。出来れば、使わないでもらいたい」


 クアミルはため息をついた。無理もない。彼女の薬は優しさのためにあるのだ。戦いのための製薬は、本来の目的ではない。


「わかった、クアミル。急いで調合してくれたんだろう。ありがとう」


 エリックはクアミルに頭を下げた。


「絶対に薬を飲んではいけない人間を、決めないといけませんね」


 ローエンがいった。


「絶対に飲んではいけない?アルジャーノを発見した時点で全員飲むべきじゃないのか?」


 シノはローエンの思考を読めなかった。


「帰り道の問題です。筋繊維が破壊されるのであれば、全員が飲んでしまった場合、誰も動けない。戦闘員ではないクアミルが飲まないのは勿論ですが、せめてあと一人は、アトラクシアから帰るために、動ける状態でなければならない。これは、その場で判断できる問題ではない。今決めるべきです」


「ローエンの言うとおりだ。アルジャーノを発見した時に、全員が飲むというのは危険だ。誰かが万全の状態でいないといけない。アルジャーノが幻影を使っている可能性もある。さて……、誰が薬を飲まないべきか」


 エリックは腕を組んだ。しかし、そう語るエリック自身は、完全に薬を飲む気でいた。アルジャーノを絶対に倒さなければならない。


「シノが適任だと思います。影渡りは、薬を飲まずとも相手を不意打ち出来ますし、シノは小柄です。薬を飲んだからといって、筋力勝負で相手に勝てるとも思えない。逆にエリックと私は飲むべきだと思います。剣と槍の威力が増すわけですから。それに、エリックは飲む気でしょう?」


「察しの通りだ。俺は必ずアルジャーノを仕留めなければならない。クスハのために」


「そうでしょうね。気持ちはわかります。短期決戦ですね。しかし、焦ってはいけませんよ、エリック。足元をすくわれる」


「ま、待ってくれ。僕だって戦うつもりなんだ。言っていることはわかるけど、僕だけリスクを冒さないなんて、その……申し訳ない。僕だって力になりたいんだ」


「シノに戦うなと言っているわけではありません。薬を飲まなくても、あなたにはあなたの役割がある。貴重な戦力です」


 ローエンは片手を上げながら話している。シノは唸っている。確かに、全員が薬を飲んでしまった場合、もしかしたら制限時間内にアルジャーノを倒すことが出来ないかもしれない。そうしたら、戦闘要員がいなくなる。


「……わかった。祠では守りに徹する。薬も飲まない。アトラクシアに辿り着いたら、必ず役に立って見せる」


「頼りにしている、シノ。あと、話すことは……」


 エリックは顎に手を当てている。質問はすぐに浮かんだ。


「ラウエス、アルジャーノは子供の姿なんだよな?」


「はい、その通りです。黒いシャツを着た、ただの子供に見えました。死者の人間たちが、アルジャーノを守るように動いていました。今頃、どうなっているのか……」


 ラウエスは目を伏せた。それは、アトラクシアの長のことを思ってのことだった。

 もしかしたら、生きていてくれているかもしれない。

 しかし、今出発するわけにはいかないということも、わかっていた。

 ラウエスは、長に可愛がられていた。ずっと、アトラクシアの平和は続くと信じていた。

 長の名はオルベンといった。オルベンはラウエスの素直さと謙虚さを気に入り、ラウエスにとても良くしていた。オルベンは妖精である。綺麗な紫と黒の羽を生やした妖精。オルベンは、一人で飛んで逃げることも出来ただろうが、街に残り、アルジャーノと戦うことを決めたのだ。ラウエスに、ほんの少しの希望を繋いで。

 オルベンは剣技に長けている。並の者は相手にならない程の実力だ。しかし、オルベンといえど、アルジャーノの勢力に対応出来るかというと、難しいと言わざるを得なかった。


「いいかラウエス。お前は逃げるのではない。希望を拾いにいくのだ。だから、私などに義理を感じる必要もないし、一人で逃げたなどと思わなくてもよい。ここは私が抑える。飛んで助けを求めに行くのだ。生き残るのだ。きっと希望はあるはずだ。私は、散っていく皆のためにもここに残る。さあ、行くのだラウエス!!」


 ラウエスの頭に、彼女が逃げた時のやり取りが蘇る。

 早く助けにいきたい。しかし、慎重さを欠けば全滅してしまう。

 心のなかで、アトラクシアの皆に謝るラウエス。

 もう少しだけ待っていてください。

 必ず希望を届けに行きます、と。

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