42話 人知を超えた者との戦い

「アトラクシアへの道のりはわかった。すぐ出発するべきじゃないか?」


 エリックは、みんなと自分に語りかけるようにいった。それは焦りに近い感情。過ぎてゆく時間への焦燥。


「待ってください、エリック。早朝です。早朝の出発がベストです。理由があります。まず一つは、夜には野盗が多いということ。無駄な戦いでの消耗は、避けなければなりません。二つ目に、クアミルの薬です。我々に有利になる薬を調合してもらわなければなりません。それを待つのにも、時間がいるでしょう。三つ目、に体調です。エリックもダメージを負っているはず。急ぐ気持ちはわかりますが、ここは慎重に出発すべきです。四つ目に、シノの影渡り。あれは夜では使えない。五つ目に、戦術です。アトラクシアでの立ち回りを、ラウエスを中心に考えなければいけません」


 ローエンの提言だった。その言葉を受け、エリックはじっくりと考え込んだ。そして、ローエンの言っていることは正しい。そう思った。


「お前はいつだって俺より冷静だ。ありがとう。そうだな、早朝がいいだろう」


「エリックの情熱には勝てません」


 ローエンは微笑した。

 明日の早朝。

 明日すべてが決まる。

 全員朽ち果てるか。

 クスハを救えるか。

 天秤の鳥に導かれた、運命の仲間たち。

 鳥は、旅の終わりを知っているのだろうか。

 エリックは、天秤の鳥に感謝していた。

 だが、運命は自分の力で切り開くものだ。神様にばかり頼ってもいられない。



 その日の夜。オレンジ色は去り、暗い空が、水の都アルカディアで、静寂と共にエリック達を見守っていた。

 エリック達はアルカディアの宿屋に泊まることになった。丁度、五部屋空いていたのだ。クアミルだけは、薬師ギルドで調合をすると言って別行動になっている。

 一階の入り口の左右にカウンター。中央を中心に四角いテーブルがいくつかある。中央奥に店員が立っている。白の制服をした男だ。宿屋の食堂である。


 エリック達は、テーブルの一つを囲みながら食事をしていた。しかし、みんなの食事をする手はあまり進まない。戦術会議をしていたためだ。


「まず戦場が二つある。通り道の祠と、アトラクシアの街。祠は、数で劣る俺たちには有利かもしれない。一方通行なのだから囲まれる可能性もない。しかし、シノの影渡りは使えない」


 エリックが人差し指を上げながら語っている。


「そして、祠では剣を振るのはあまり得策じゃない。天井が低ければ、壁に剣が弾かれる可能性がある。つまり、俺とシノは、祠ではあまり役に立たない可能性が高い」


 エリックとシノは、自然にローエンの方を見た。ローエンも、エリックが言いたいことはわかっていた。それをエリックが口に出さないのは、危険が伴うためだろう。


「最前衛は私が務めます。安心してください。私は理想を叶えるまでは、死んだりしません。この旅で、色々学ばせてもらいました。そのことに感謝したい。私は死んでいく仲間たちを見て、少し、『死』について鈍感になっていたようです。ラウエスも、助けられないと思った。しかしエリック、あなたは命を見捨てなかった。私の心は貴方に影響を受けました。理想の街を作るまでは負けるつもりはありません」


「頼む、ローエン」


 エリックは頭を下げるのではなく、手をローエンに差し出した。

 強く握り返すローエン。

 砂の都ノーバイドで、同じことをしたことを思い出す。仲間の誓い。

 ローエンはいつだってエリックより冷静だった。そのことに、エリックは深く感謝していた。


「僕に出来ることは?」


「シノは、アトラクシアに辿り着くまでは出番がないかもしれない。しかしアトラクシアに出れば、きっと日が差しているだろう。影渡りがそこなら使えるはずだ。街にたどり着くまで、体力を温存してくれ」


「影渡りが無くてもそこそこ戦えるぞ。狭い空間ならナイフも有利じゃないか?」


 シノは前のめりになっている。途中、何も出来ないことが、もどかしかったからだ。そして。ローエンのことが心配だったのだ。散々子供扱いされているが、ローエンだけを危険に合わせたくはなかった。シノの意見も最もであり、エリックは少し考えた。そして、彼はシノを制した。


「いや、やはり後方に下がっていてくれ。後方から襲ってくる可能性はほぼ無いと思うが、クアミルを誰かが守らないといけない。彼女が孤立するのは良くない」


「うーん、そうか。わかった……わかったよ」


 シノは不服そうだったが、頷いた。前にローエン、最後尾にシノ、その前にクアミルという陣形が想像される。


「私は、どうすればいいですか?ペガサスになれば祠を通らずアトラクシアまで辿り着けます。それに、一人くらいなら背中に乗せることも出来ます。みなさんと一緒に、祠を通るべきですか?」


「ラウエスの話を聞いた限りでは、アトラクシアには多くの敵がいるはずだ。そこに一人、背中に一人乗せて、多くて二人飛んでいっても、勝てる見込みはないだろう。慎重に、祠を一緒に抜けるべきだと思う」


 エリックも、飛んでいけばすぐにアトラクシアにたどり着けるだろうとは考えていた。しかし、人数が足りない。敵を倒すには、全員の力を合わせるしかない。


「エリックは?」


 シノがいった。


「ローエンの後ろに構える。剣が振れそうなら、ローエンの横に出る」


「大丈夫なのか?」


「ローエンの霞の槍が、俺たちを守ってくれるはずだ。相手の攻撃は精度を欠くだろう。そう簡単にやられはしないさ」


 霞の槍。相手に幻覚を見せる魔法の槍。


「祠を抜けて、アトラクシアに辿り着いたら?」


「アルジャーノを狙う。敵全員は相手にしていられない。アルジャーノを探して倒せば、操られている人間も元に戻るだろう。ただ……操られている間はこちらに攻撃をしかけてくるだろう。攻撃してきたら、こちらは殺さなければならない」


「そこで迷うわけにはいかないな。僕は容赦しない」


 シノは強く断言した。そうでなければ、負けてしまうだろうから。


「ただ、僕はそうするってだけで、みんなにも殺せとは言わない。死なない程度に手加減できる余裕があるなら、手加減してもいいと思う。ただ、僕は殺す。相手が人間であろうとも」


「アルジャーノは死者を操ります。操られているのは、死者なのです……」


 ラウエスが両手を握りながらいった。少し震えている。


「それを早く言ってほしいな。それなら容赦なく攻撃出来る。少し、心が傷まないでもないけど」


 シノはため息をついた。ラウエスは申し訳無さそうにしている。


「アルジャーノを仕留めるのは誰になりますか?」


 ローエンが苺をつまみながらいった。赤と赤の組み合わせだ。


「誰でもいいが、こちらから接近することを考えると、俺かシノだろうな。時を止める力は、アルジャーノにも防げないだろう。しかし……アルジャーノは相当強いはずだ。そうだよな、ラウエス?」


 エリックが茶をすすっている。ラウエスは深く頷いた。


「はい。長以外の者たちはおそらく全滅……アルジャーノの実力は計り知れません。死者を操れる力、それに変わり身を作る力。あれはもはや、魔法の類です。人間が魔法を相手にするのは、ほぼ勝ち目がないとも言えます」


「魔法に対応するだけの力、か」


 シノは首を傾げて、腕を組んだ。

 魔法に対応するだけの力。

 エリックの時空の剣。

 ローエンの霞の槍。

 シノの影渡り。

 ラウエスの幻獣としての力。

 そして……。

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