40話 絆の紐

「質問。なんで、ラウエスはそんな街にいたんだ?そんな秘境があったとして、何故、枯れ木の廃墟で猛毒をくらって倒れていたんだ?」


 シノが手を上げながらいった。何故、あんな猛毒を浴びていたのかは皆も気になる所だった。


「それは……」


 ラウエスは小声になる。


「その……言えないのです。助けてもらったのに……ごめんなさい、言えないんです。本当にごめんなさい」


 ラウエスは何度も頭を下げた。

 皆、その様子を見つめていた。なにか事情があるのは間違いない。


「アルジャーノにたどり着く、唯一の手がかりなんだ!!どうか教えてはくれませんか」


 エリックは食い下がる。この手がかりを見逃すわけにはいかない。

 ラウエスは、エリックの緑の瞳を見た。

 優しい目だ。

 その優しさで自分を助けてくれた。

 ここで言わないでどうするのか。

 恩人ではないのか。

 裏切るのか。

 それに、この人達ならもしかしたら……。

 ラウエスは意を決した表情へと変わった。

 恩人の力になってあげたい。

 そして、助けが必要なのだ。


「アトラクシアでは、人間にこの事を話してはいけないと言われています。私、幻獣なんです。空を飛ぶことが出来ます。ペガサスなんです。アトラクシアに幻獣として住んでいたのです」


 エリック達はその言葉に驚いた。目の前にいるのは、正真正銘ただの女性だからである。


「ペガサスなんて実在するのか?」


 シノは首を傾げている。


「いや、それなら確かに……。妙に、生命力が高いとは感じました。普通の人間だったら、処置は手遅れだったかもしれません。異質な者とあらば納得は出来ます。それで、何故アトラクシアから離れたのですか?」


 クアミルは頷いていた。


「アトラクシアは、アルジャーノに襲われました。あいつは人間じゃありません。人を操る幻術を使います。幻術によって操られた人間達が、アトラクシアをいきなり襲ったのです。操られている人の意志とは無関係に。アトラクシアの住人は、幻獣も魔物も協力して、アルジャーノ達に立ち向かいました。しかし、操られた人間以外にも。アルジャーノの強力な下僕がおり、私達は破れてしまいました。私は、アトラクシアの長から逃げるように言われました。全滅してはならないと。私は傷だらけでしたが、空を飛んでアトラクシアから逃げました。追手を振り切って。しかし、力尽きてしまい、枯れ木の廃墟に落下してしまったのです。そして、落下した先が毒沼だったのです。私は死ぬのだと思いました。でも、エリックさん達が助けてくれました」


「ということは、ごく最近の出来事ということですね。アトラクシアが襲われたのは」


 ローエンは、頷きを入れながら話を聞いている。最近の出来事なのであれば、アルジャーノがアトラクシアに今もいる可能性が高い。


「その通りです。私は長に言われました。信頼できる誰かに、救いを求めてくれと。どうしたらいいかもわかりませんでしたが、話す決心が出来ました。アルジャーノを倒すつもりなら、私もアトラクシアに連れて行ってください。街を守りたい。そして、私を救ってくれた恩返しをしなければなりません。あなた達は、私を見捨てなかった。それが、今ではどれほどありがたいことか。私は空を飛べます。必ず役に立って見せます。お願いします。私も共に」


 ラウエスは深く頭を下げた。


「まずはちょっと、ペガサスの姿になってほしいですね」


 クアミルは、状況を頭の中で整理しながらいった。大前提として、ペガサスになる姿が見れなければ、話の信憑性は薄い。

 エリックも、クイナの教えの通り、情報を鵜呑みにしなかったが、ラウエスは嘘をついていないと感じていた。


「外に出よう」


 エリックはそう言って最初に部屋を出た。皆頷き、ローエン、クアミル、ラウエス、シノが後に続く。ラウエスはもう動けるようだ。


 薬師ギルドの外。時刻は夕刻で、オレンジ色の空はどこか終末を感じさせた。

 白煉瓦の作り建物がいくつも見える。夜が近づいており、住民の数はまばらだった。

 エリック達は並んでいる。

 ラウエスは、数歩前に出た。


「ペガサスになってください」


 エリックはラウエスに声をかけた。

 ラウエスは深く頷き、天を見た。

 僅かな光がラウエスから発せられた。

 みんなが、少し眩しいと思った直後、ラウエスの姿は、綺麗な白いペガサスへと姿を変えていた。

 ペガサスの顔がエリック達を見る。背中には綺麗な翼が生えている。


「これは僕も驚く」


「どうやら……事実を話してくれていたようですね。まさか幻獣を目にすることになるとは思いませんでした。美しいペガサスですね」


 クアミルも動揺していた。生まれてから、一度も見たことがない。


「恐らく、真実を話してくれたのはよほどの覚悟があったのでしょうね。簡単に秘密を漏らしてしまっては、アトラクシアを狙う者が後をたたないでしょう。我々が信用されているということでしょうかね。しかし、ペガサスとは」


 ローエンは驚きと同時に、綺麗なペガサスの姿を美しいと思った。

 ラウエスは、再び元の人間の姿に戻った。自在に変身出来るようだ。


「これが私の真の姿です。信じて……もらえましたか……?」


「ええ」


 エリックは頷いた。そして、彼は先を見据えていた。アトラクシアという、目指す目標が出来たからだ。

 夕焼けの空。その光がみんなを照らしている。


「みんな、俺はアトラクシアに行こうと思う。アルジャーノを倒すしかない。そして、居場所も突き止めた。ただ、ついてきてくれとは言わない。ラウエスの言う通りなら、アトラクシアには操られた人間と、アルジャーノ乃強力な部下がいるはずだ。幻獣と魔物が協力して戦って負けたのだから、相手はかなり手強い。みんなにまで危険を冒させるつもりはない。俺の目標のための旅だからな」


「私は行きます。戦う力は弱いですが、空を飛べることで、少しは役に立てるはずです。アトラクシアまでの道案内も出来ます。それに、アトラクシアのみんなを見捨ててはおけません」


「ありがとう、ラウエス。道案内を頼みたい。ローエン、シノ、今までありがとう。一人だけの旅だと思っていた。しかし、仲間が出来た。俺はお前達に受けた恩を忘れない。本当に、世話になった」


「……怒るよ?」


 シノは不服そうな表情を浮かべていた。


「怒る?」


 エリックは首を傾げた。


「一緒に行くに決まってるだろ!穏健派のために戦ってくれたじゃないか。今度は僕が借りを返す番なんだ。それに、クイナ様に一緒に行くように言われたんだ。エリックは危なっかしくて見ていられない。強い仲間が必要だろ?僕は強いんだ。嫌がっても無理やりついていくからな」


「まったく同感ですね。エリックは危うい。仲間たちのために街を作ることが私の目標ですが、私はエリックが目標を達成するまで付き合うつもりです。この旅が終わってから、街を作れば良い。私は。クスハさんの喜ぶ顔が見てみたい。それに、エリックの喜ぶ顔も。戦力に数えられていないのは、正直心外でしたね」


 ローエンも不服そうである。

 エリックは仲間たちの言葉に喉を詰まらせた。

 感謝の気持ちしか浮かばなかった。

 独りじゃない。

 それがどうしようもなく嬉しかった。


「みんな……ありがとう」


 皆の支えが頼もしかった。アトラクシアに挑みに行くのは無謀かもしれない。

 しかし、この四人なら勝てるかもしれない。そう思った。

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