39話 幻獣の街
薬師ギルドの、エリックが今いる部屋。エリックはベッドで身体を起こしている。体調は悪くない。薬師達が、エリックの怪我をケアしてくれたからだった。エリックのベッドの隣では、ラウエスが横になっている。ラウエスも徐々に元気を取り戻していたが、薬師達から安静にしているようにと厳しく言われたので、安静にしている。
エリックはラウエスに対して、疑問に思っていたことがあったが、まだ尋ねてはいなかった。どうしてあんなに毒を浴びてしまったのか、である。
そして、今後のことを考えていた。天秤の鳥のお告げで水の都アルカディアまでやってきたが、アルジャーノに繋がる手がかりは無さそうに思える。果たしてこのアルカディアで、アルジャーノの居場所がわかるのだろうか?
先が見えない。その不安があった。
「エリックさん」
隣のラウエスがエリックに語りかけた。彼女には隠していることがあった。
「なにか?」
「旅をなさっているのですか?」
「そうです。やり遂げなければいけないことがあります。必ず、やり遂げなければならないことが」
「それは……?」
「アルジャーノという人物を倒すことです」
その言葉に、ラウエスは驚愕した。明らかな動揺の色が、目に取れるくらい。
「アルジャーノ……」
「何か知っていますか?アルジャーノはどこにいるのかもわからないのです。なんでもいいのです。知りませんか?」
「あなたの探している人物と同一人物かわかりませんが、私、アルジャーノを知っています。殺されかけました」
「え?」
エリックは驚いた。つまり、アルジャーノと会ったことがあるということではないか。
「毒に侵されていたのもアルジャーノのせいなのですか?」
「間接的に言えば、そうです。アルジャーノは悪魔です。人の不幸を楽しむ人間です」
ラウエスの言葉。エリックは確信した。間違いなくラウエスの言っている人物は、エリックが探しているアルジャーノだ。
「どこで!?どこで会ったのですか!?」
「幻想の街、アトラクシアです」
ラウエスは歯切れが悪そうに答えた。答えたくはなかった。しかし答えた。それが恩義だと思ったからだ。
「アトラクシア?そんな街は聞いたことがありません。地図で見たこともありません。その街は一体どこにあるのですか!?」
「アトラクシアは、人間の住む場所ではありません。幻獣や魔物などが住める、異質な街です。人間がたどり着くのは難しいでしょう。地図上にも乗っていません。ただ、確かに存在するのです。アルジャーノは、アトラクシアに災いをもたらしたのです。嘘だと思われるかもしれません。しかし、真実を私は話しています。私はその街にいたのです」
「幻獣……あなたは人間では?」
「いえ、私は……」
ラウエスが小声で喋っている。
そこに、ローエン達が戻ってきた。ローエンとシノ、それにクアミル。
クアミルは、ラウエスのベッドの側へ。ローエンとシノは、エリックの元へ。
「ラウエスさん、お体の調子はいかがですか?」
クアミルが優しい笑顔で語りかける。その笑顔は、人に安らぎを与えるようだった。
「あ、クアミル様!嘘のように調子が良いです。生きている心地がします。本当にありがとうございます」
「それは良かった」
「エリックは大丈夫ですか?」
ローエンはエリックの様子を見ている。服も着ているし、もう、見たところは大丈夫そうだった。ダメージが残らなければいいのだが。
「ありがとう、大丈夫だ。見てくれた人のおかげだ。今、すこし大事なことをラウエスさんとしていたんだ」
「ほう」
「ラウエスさんは、アルジャーノに会ったことがあるらしい。幻想の街……アトラクシアという街で。しかし、俺はそんな街は知らないし、地図上にも乗っていない。みんなは知っているか?」
「アトラクシア?知りませんね」
「僕も知らない」
首を振るローエンとシノ。手がかりはなし。
「幻獣?」
クアミルが不意に口にした。皆が、クアミルの方を見た。特に、エリックとラウエスは、真っ先に見た。
「知っているのですか!?クアミル様!」
エリックは聞かずにはいられなかった。
「クアミルでいいですよ。ええ、知っているというか、昔の文献で読んだ記憶があります。この世界には、僅かながらに、超自然的な存在がいます。天秤の鳥もそうですね。なんでしたっけ……確か、幻獣の血が、人間の病への特効薬だと信じて、研究をしていた頃でしたね。一度も幻獣を見つけたことがないので、諦めましたが。アトラクシアという名前だけは知っています。どこにあるのかは知りませんが」
エリックは慎重に心の中で情報を整理した。二人の人間が、アトラクシアは存在すると言っている。ラウエスは嘘をついていないはずだ。幻想の街アトラクシアに、アルジャーノがいる可能性はかなり高い。
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