37話 善悪の問題

「アルジャーノという人物を追っています。手がかりを探しに来たのです。知っていませんか?」


「アルジャーノ……聞いたことのない名ですね。どうして、追っているのですか?」


 クアミルは首を傾げながらいった。


「恋人を救うためです」


「ほう?詳しく聞かせてください」


「俺の恋人、クスハというのですが、アルジャーノという人物に呪いをかけられたのです。アルジャーノを倒さなければ、クスハの病は治らない。だから、アルカディアに手がかりを探しに来ました」


「何故。アルカディアに手がかりがあると?」


「天秤の鳥と呼ばれる存在が、教えてくれたのです。喋る鳥です」


「天秤の鳥!?」


 エリックの言葉に反応したのはクアミルではなく、ラウエスだった。


「知っているのですか?」


「天秤の鳥は、神様の使いです。人を導く力を持った、偉大な鳥です」


 ラウエスはすらすらと喋った。何か知っているようだ。

 しかし、クアミルは会話を中断させた。


「まあ、とにかく一旦落ち着きましょう。あれだけの毒を受けたのです。しばらくは、安静にしていてください。エリックさんの怪我も、治さなければならない。エリックさんとラウエスさんは、ベッドにいてください。皆さん、もう大丈夫です。ああ、無事で良かった」


 クアミルは微笑みを周りの者たちに見せた。頷く薬師たち。

 水が街の中を流れる、水の都アルカディア。

 そこで救われた命が、一つ増えた。


 薬師ギルドを出て、街の三時方向にレストランがある。そのレストランでクアミル、それにローエンとシノが、三人で食事をしていた。白い布のかけられた丸テーブルが9つ程、店の中に置いてある。店員は白いシャツに黒いジャケットを羽織り、食事を運んでいる。ほぼ満席だった。三人は丸テーブルを囲んでいる。テーブルの上には美味しそうな肉料理と野菜が乗っている。エリックはいない。薬師ギルドで安静にしているのだ。


「美味しい」


 シノは美味しそうに食事を食べている。彼女は痩せているが、食べ物を食べるのが好きだ。

 それに対して、ローエンは食べる時は食べるが、あまり量を食べない。節約が身にしみているのだ。


「アルカディアはいい街でしょう?」


 紫のワンピースのクアミルが微笑む。

 アルカディアは、とてもきれいな街だ。治安も良く、周りには豊かな水。発展するのも頷ける。

 街の者たちは、平和の中を生きている。店は栄え、穏やかな人たちばかりだ。


「非常に豊かな街だと思います。恵まれていますね」


 ローエンの素直な感想だった。彼の理想に近いかも知れない。しかし、やはり格差はあるだろう。


「これだけ綺麗に水が流れていると、ゴタゴタもありそうだけど。ほら、やっぱり豊かな所には悪い奴らが現れるからさ。そうでしょ、クアミルさん?」


 シノはフォークを片手にいった。


「そうですね。人を騙したり、人を襲ったりする悪者もいます。あ、私は、クアミルで構いませんよ」


「お言葉に甘えて。クアミル、悪い奴らが現れた時に、この街はどう対処するんだ?」


「皆で協力して、捕まえるか殺すかのどちらかです」


「正しい」


 シノは頷いた。


「皆の力で足りないほど強力な悪が現れたら、どうするのですか?」


 今度はローエンが尋ねた。食事は美味しい。味わって食べている。


「幸いにも、それほど強力な悪は現れていません。確かに不安ではありますが、今は皆の力で街は平和です」


「それはちょっと楽観的じゃないかな。恐ろしい悪が現れたら負けます、と言っているのと同じだ。自警団とかは存在しない?」


「自警団は存在します。村の七時方向に拠点を構えています。自警団は善良な人々ばかりです。しかし強力すぎる力は、自らも滅ぼします。自警団はあくまで、普通の悪党を相手にするためのものです。彼らはよくやってくれています」


「ふーん……」


 シノは心の中で、それは甘いと思っていたが、口には出せなかった。自分はまだ、アルカディアのことをほとんど知らないのだから。


 そこに、レストランの店員がデザートを運んできた。銀のトレイに果物が乗っている。バナナとリンゴである。綺麗な黄色と赤色のコントラスト。テーブルの上にそれが置かれた。


「バナナだ!!」


 シノは喜んだ。表情が嬉しそうだ。確かに、エリックの言う通りだった。アルカディアまで来れば、バナナは食べられる。


「バナナがお好きなのですか?」


 クアミルは笑った。シノの外見は幼いので子供扱いされているのかもしれない。


「バナナは好き嫌いの問題ではなく、善悪の問題なんだ。バナナは善。きゅうりは悪。そういった思想の元に、バナナは存在するんだ。基本的にバナナが嫌いなんてやつは悪者で、こんな美味しい果物は存在しない。人々はバナナを信じてバナナを食べる。きゅうりなんて比較にならないほど、高等な食べ物だ。斜めにカーブしているのがバナナの飄々さを現している。きゅうりのカーブはバナナの敵じゃない。きゅうりは悪だ。なんて言ったってそのまま食べれるからな。それに対してバナナは皮を一回剥かなくてはならない。この工程が楽しいんだ。そして、その一瞬の作業の後に口の中に甘みが広がる。つまり美味しいんだ」


 シノが普段の倍速くらいの早口でまくし立てた。


「……」


 ローエンとクアミルは沈黙している。


「黙られると困るんだが」


 シノはバナナを食べながらいった。美味しい。


「すみません、クアミル。多少変わった子でして」


「また馬鹿にするのか!ローエン!」


「私はバナナより、きゅうりの方が好きなので」


「そ、そうか。きゅうりが好きな人間もいるからな。悪は言い過ぎたかもしれない。ごめん」


 クアミルはそんな二人をやり取りを見ながら、笑っていた。

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