34話 自分ではない誰かのために

 エリックは、敵の評価を無意識で下していた。強くはない。ほぼ素人に近い敵の動き。

 しかし、飛び道具には気をつけなければならない。エリックは剣しか持っていない。

 三対一。エリックは剣を振るいながら駆けた。剣を振るっている間は時間が止まる。剣を振りながら走ることで、相手はエリックの位置がうまく掴めない。

 剣を盾にしようとする野盗を、正面から斬った。左側が残り二人。右列の野盗達は、左に跳ねたエリックを追いかけようとしている。しかし、右方向にいた野盗のうちの一人は、後ずさっていた。

 エリックの左右に二人いる。

 右へ跳ねる。柔軟なその動きに、相手は対応出来なかった。

 また剣を一振り。容赦はしていない。武器を持って人を殺そうとすれば、己もまた、切られる覚悟を持たなければならない。

 左側の最後の一人がエリックに斬りかかる。その剣筋はブレており、剣で防ぐまでもなかった。

 左に避けて剣で一閃。声を上げて倒れ込む野盗。

 残り三人。右側の三人。

 エリックは、その三人も自分を追ってくるだろうと考えていた。しかし、三人の野盗はエリックに向かってこない。

 野盗のうちの一人、右列の中央にいる、体格のとても大きい野盗は完全に立ち止まっていた。残り二人も立ち止まっている。体の大きな野盗が二人を止めたのだ。


「降参するか?」


 エリックは三人の方に歩いていく。無駄な時間を食うわけにはいかない。


「断る」


 巨漢の野盗は答えた。黒髪と蓄えたヒゲが特徴的だった。服装は、周りの野盗と変わらない。ただ、体格が大きい。他の野盗の比ではない。


「断るなら殺さなければならない。命を無駄にするな」


「無駄じゃねぇよ。俺は、強いやつと戦いたいんだよ。こんなケチな毎日を送るのはもう御免だ。今日で、この仕事から足を洗って旅にでも出ようかと思っていた。体を鍛えるのも、技を磨くのも、全ては戦う相手がいて成り立つ。虚しいだろ?戦う相手がいないってのは」


「戦いが楽しいのか?」


 エリックが巨漢を睨むと、男は大声で笑った。


「当たり前じゃねぇか。実力を持った敵を倒す。こんなに面白いことがほかにあるか?」


「誰かのために戦わないのか?」


「誰かのため?冗談だろ。自分が努力して得た力を、他人に使ってどうするんだ?お前はどうかしている」


 語る巨漢に対してエリックは思った。

 理解が出来ない。

 しかし、エリックに対し無思考で突撃してこないことから、少しは実力があると思われた。


「旅人、俺と決闘しろ。一体一だ。悪くない条件だろ?三対一が一対一になるんだ」


「断る。そんなことに付き合っている時間はない」


 エリックは即答した。ローエン達の姿はもう見えない。


「そうか。じゃあ、俺は逃げた連中を追いかけるが、それでいいんだな?」


 巨漢は不敵な笑みを浮かべた。

 これにはエリックも焦った。相手は体格が大きい。エリックが走っても、追いつかないかもしれない。そして、ローエン達がこの野盗に追いつかれてしまうと、シノが戦うしかない。影渡りがあるとはいえ、シノと男の体格差がありすぎる。もしかすると、負けてしまうかもしれない。

 エリックは歯を食いしばった。


「卑怯なやつだ。いいだろう、その決闘を受けよう」


「卑怯ってのは褒め言葉だな。頭を使っている証拠だからな。よし、決闘だ!お前ら、手出しするなよ。俺の名はゴード。戦士ゴードだ。忘れるなよ」


 巨漢は笑いながら他の野盗に指示を出した。やはり、リーダー格のようだ。

 剣を構えるエリック。

 ゴードも剣を構えた。

 枯れ葉が舞う。

 枯れ木の廃墟の出口から光が。

 見守る二人の野盗。

 不気味なカラスの声。

 覆うような黒い植物。

 毒沼。

 またカラスが鳴いた。

 枯れ葉が、ひらりと地面に落ちる。

 それと同時に、エリックが飛び出した。

 剣を振りながら走る。振っている間に時間が止まるため、安全に距離を詰められる。

 速攻で終わらすつもりだった。だが、ゴードは手に持った剣をエリックに対して、迷うことなく投げつけてきた。

 矢のように飛ぶ剣。

 エリックは咄嗟の回避で左へ跳んだ。剣は手放していない。

 枯れ木に足を取られそうになるエリック。

 まずいと思ったその瞬間には、ゴードはエリックに向けて、一気に距離を詰めてきた。

 体制を崩していたため、剣が振れなかったエリック。後ろへ少し跳んだ。

 ゴードは武器でもなく、拳でエリックを攻撃した。瞬足の拳。それは、エリックの腹に直撃し、エリックを吹き飛ばした。黒い植物を潰すように吹き飛ぶエリックの体。

 枯れ葉の上に倒れ込むエリック。幸いなのは、毒沼に着地しなかったことだ。


「ほう、跳んで衝撃を和らげたか。おかしな距離の詰め方を出来るようだが、勝負あったな!!」


 ニヤリと笑うゴード。剣を持たずに倒れているエリックの元へ走り出す。拳が彼の武器なのだ。


「ぐ……」


 エリックは意識を失いかけていた。だが、気力でなんとか意識を繋いでいた。

 状況が悪い。自分は、拳での一撃を受けて倒れている。骨がやられているかもしれない。

 唯一エリックに有利な点は、彼は剣を手放していなかったことだ。

 持ち前の冷静さで、彼は周りを見た。足元は枯れ葉。左右には紫色の毒沼があり、真後ろは吹き飛ばされて当たった枯れ木だ。

 逃げ道はない。ゴードは近づいてきている。

 もはや、一刻の猶予もない。

 エリックは気力で体を起こし、右の毒沼の方へ跳んだ。

 沼の中央に着地。骨は大丈夫そうだ。そして幸いにも、毒沼は浅かった。

 笑いながらエリックに距離を詰めていたゴードが立ち止まる。毒沼に入るわけにはいかない。


「考えたな。毒沼に逃げたか。だが長くは持たんぞ」


 ゴードは、毒沼の外からエリックを見つめていた。それが彼の最大のミス。

 エリックは追い詰められるほど実力を発揮する。解毒薬がもう無いのも承知の上。


「長居するつもりはない」


 エリックはゴードめがけて切り込んだ。勝てる条件が、一つから二つに増えている。

 毒沼を気にせず突っ切る。ゴードは枯れ葉を踏みながら待ち受けている。

 剣を大きく振るエリック。時間が止まる。

 ゴードは構えていたが、エリックはそれに対して、全力の体当たりを仕掛けた。剣で仕留めなければならなかった状況とは違う。ゴードの真後ろは毒沼だ。エリックの渾身の体当たりがゴードを直撃し、ゴードは毒沼に突き倒された。ゴードの倒れ込んだ毒沼も浅かったが、倒れ込んだため、彼は毒沼に浸かってしまった。

 毒がゴードに染み込む。ゴードは苦しそうに声を上げた。

 毒が効くはず。エリックはそう判断した。もうエリックを追いかけてくることは出来ないだろう。解毒薬を使えば回復するかもしれないが。しかし、ゴードは毒沼に倒れ込んでいる。


「俺の勝ちだ。力を人のために使ってみるんだな。そうすればお前はもっと強くなるだろう。自分のための力は脆い」


 エリックはそう言い切ると、枯れ葉を踏みながら枯れ木の廃墟の出口へと走った。殴られた身体が痛む。だが、痛みに負けてはいられない。

 驚いている二人の野盗が、ゴードに近づいた。おそらくは、解毒薬を持っているだろう。だが、毒沼に倒れ込んだゴードは、そう簡単には再起出来ないはず。エリックはそう判断していた。

 彼自身も、毒沼に軽く足を踏み入れている。解毒薬はない。しかし、走れる。自分の足元を見るエリック。解毒薬を早めに飲んだほうがいいかもしれない。

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