32話 枯れ木の廃墟
行商人と別れたエリック達は、再び砂地を歩きだした。砂地には道が少ない。吹く砂埃ですぐ汚れてしまうから、整備がされていないのだろう。枯れ木の廃墟が見えるまで、歩き続けるしかない。砂埃が少し減ってきた気がする。気のせいだろうか。
「枯れ木の廃墟は、安全に通れるだろうか?治安が悪いのは気になるな」
エリックが歩きながら、仲間にいった。答えるのはシノだった。
「足元に気をつけながら進んでいけば、大丈夫だと思う。夜とかだったら危険かもしれないけど、このペースなら夜になる前にたどり着くだろうし、視界が開けているから、野盗に奇襲されることもないだろう」
「なるほどな。シノは枯れ木の廃墟を通ったことがあるのか?」
「あるよ。もうずっと昔の話だけれど」
「誰かと一緒に?」
「いや、一人。ずっと一人だったから……昔は、一人が当たり前だって思っていた。でも、違った。人と支え合うことを学んだ。両親は亡くなってしまったから、孤独の辛さはわかっている。エリックも一人じゃないよ」
「俺?」
「そうだよ。僕もいるしローエンもいる。エリックの願いはきっと叶うよ。僕は無責任に、努力すれば必ず叶うとか、きっと救われるとかいう言葉はあまり使いたくないんだけど、それでも、エリックの望みは叶うと思う。いや、叶えるんだろ?アルジャーノを倒して」
「ありがとう」
エリックは、シノの言葉を噛みしめていた。
仲間たちとなら、アルジャーノを倒せるかもしれない。なんの手がかりも無い旅に訪れた、天秤の鳥。神の導き。
「シノの言う通りですね。しかし水の都アルカディアに何があるのか……行ってみないとわかりませんね。おや?」
ローエンは遠くの方を見つめた。その瞳には、枯れ木が映っていた。枯れ木の廃墟だ。
「見えたな。二人共、もう一度言うが、ありがとう。こんな俺についてきてくれて。ありがとう」
「お礼言い過ぎ。気にしてないよ」
シノは笑いながら、エリックの肩を叩いた。
「シノの言う通りです。さあ、抜けましょう。枯れ木の廃墟を」
ローエンも微笑しながらいった。
そして、エリック達の上空を黒い鳥が一羽、羽ばたいていた。
枯れ木の廃墟へと、エリック達は辿り着いた。ここを抜ければ水の都アルカディアだ。
この廃墟には、紫色の毒沼が所々に広がっている。そして数え切れないほどの枯れ木が、地面から伸びている。残りは黒い植物だ。その植物が上空に伸びているため、視界は悪い。毒沼を踏まないためには、気をつけなければならない。
人の姿はない。ただ、カラスの鳴く声が聞こえてきて気味が悪い。
「ローエン、シノ、慎重にいこう。毒沼に気をつけて……後は野盗がいないといいが」
エリックは、二人を振り返りながらいった。枯れ木の廃墟には、野盗が多いともっぱらの噂だ。水の都アルカディアは資源豊かな街だ。だから、そこへアクセスする枯れ木の廃墟を、野盗が狙うのかもしれない。
ローエンとシノが頷き、エリック達は枯れ木の廃墟を進んでいった。
枯れ葉を踏む音。エリックのブーツだ。全てが朽ちてしまったかのような風景。しかし、毒沼さえ踏まなければどうということはない。
人の姿は見えない。野盗に遭遇せずに廃墟を抜けることが出来そうだ。
しかし、エリックの瞳が動いた。左側前方。枯れ木の下に誰かいる。座り込んでいる。
ローエンとシノも気づいた。全員、戦闘態勢に入っている。しかし、見た所、相手が襲ってくる気配はない。
エリックは、静かに枯れ木の下の人物に近づいた。毒沼が左右に広がっているので、踏まないようにに接近した。枯れ葉が潰れる音がする。
エリック達が近づいても、木の下の人物は動く気配がない。もう表情まで見える距離だ。その人物は息を荒くして、なんとか呼吸をしているようだった。そして、エリック達の接近に気づいて声を上げた。
「う……」
押し殺したような、女の声だった。その女の口元からは、血が流れていた。
エリックは慌てて近づいた。勿論、剣はいつでも抜けるように態勢は取ってある。
「どうしたのですか?」
「あ……私の体に、毒が……もう、治りません……」
女の絞り出すような声。エリック達は、慌てて女の元へ駆け寄った。
女の状態は酷かった。緑色の髪の毛がかかった顔色は青ざめ、両手両足は紫色に腫れている。青のツイードを着ていたが、その青に、血が染みている。
エリック達は、瞬時に解毒薬を取り出していた。三人全員である。シノだけが、少し反応が遅かった。『わかっていたから』である。
「これを飲んでください。解毒薬です。大丈夫、助かります」
エリックは解毒薬の瓶の蓋を開けて、緑色の液体を女の口に含ませた。
「気をしっかり持ってください」
ローエンが、女の側で姿勢を低くして励ましている。シノは女から目を逸していた。
解毒薬は飲ませた。きっと、毒沼に、なんらかの事情で浸かってしまったのだろう。
「だめです、私、解毒薬を飲み、ました。でも、もう、助から、ない」
解毒薬を飲んだ女の両手両足は、腫れ上がったままだ。
「解毒薬が効いていない」
エリックは憔悴した様子で、女の顔を見た。女の荒い呼吸が止まっていない。
「エリック、毒は体に深く染み込んだら、解毒薬を飲んでも助からないんだ……その人はもう助からない。残酷だけど……」
シノは俯いている。
ローエンは事態を理解した。シノの言う通りなのだろう。手遅れという現実。
「私はもうだめです」
「ダメだ!!」
エリックは叫んだ。そして座り込んでいる女を、勢いよく背中に担いだ。
「急いでアルカディアまで行くんだ!!この女性を助けられる薬師がいるかもしれない!!まだこの人は生きている!!薬師さえいれば助かるかもしれない!!」
仲間の二人の返事も聞かずに、エリックは早足で歩きだしていた。
「エリック、その状態ではもう、その女性は……」
ローエンは悲しそうに目を逸した。
「まだわからない!!解毒薬で治せなくても何か治療の方法があるはずだ!!死ぬために生まれてきた人間はいない!!見捨てるなんてお断りだ!!さあ、希望を持って!俺たちが必ずアルカディアまで送り届けます!生きてください!死んではならない!!行くぞ!ローエン!シノ!」
エリックの言葉が、枯れ木の廃墟に響く。エリックは意地でも助けるつもりだ。それは、彼が命を大切にしているからに他ならなかった。確かに、ほぼ助かる可能性はない。しかし、ローエンとシノも早足で歩き出した。エリックに感化されたのだ。
「急ぐぞ!!」
エリック達は進行速度を早め、枯れ木の廃墟を抜けるために歩き始めた。
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