29話 天秤の鳥が告げる
「クイナ様、情報をありがとうございます。俺は自分の村に戻ります。必ず、賢者を倒します」
「待ちな。何故そうする?」
「何故?クスハを救うためです。俺を掌の上で操って……許してはおけない!!クスハが倒れる前に決着をつけなければ!!」
「その思考が良くない。私は本当のことを話しているけど、なんで、私の情報が正しいってわかる?その勢いだけの行動で、周りが見えなくなったんじゃないのかい?正しい情報をまとめて行動しないと、つけこまれる。気持ちはわかる。しかし考えてから行動しなさい」
エリックはハッとした。確かにその通りだった。彼は、クスハを想う気持ちにつけこまれた。
冷静になれと自分に言い聞かせるエリック。クスハの砂時計は、今も終わりへと向けて砂を落としている。
「アルジャーノはおそらく、君の村の近くにはもういないと思うよ。ノーバイドに私がいることを、アルジャーノは知っているだろう。だから、私から情報が君に流れることも予想しているはずだ。それにアルジャーノ……賢者の姿は本体じゃない。変わり身だ」
「変わり身とは?」
「魔法で、架空の人物を作っているんだ。本体を叩かないと、倒すことは出来ない。私もアルジャーノの本体には出会ったことがない。そうなると当然、残酷なんだけど……」
クイナは真剣な表情だ。真剣に考えてくれている。
「本体の場所の手がかりはない。残念だけど。すまない」
「本体を叩かなければならないのは、わかりました。そして……俺はクイナ様を信じます!あなたは嘘を吐く方には見えない。信じます!だから、どんな小さな手がかりでもいいんです!!何かないのですか!?」
エリックはすがるように、クイナに問いかけた。彼のクスハへの愛が、そうさせるのだ。
「すまない……」
クイナは痛々しい姿のエリックから、目を逸した。ローエンとシノも無言だったが、エリックの想いだけは痛いほど伝わってきた。
「なんでもいいのです!!なんでもいいんです!!」
エリックの大声は、テントに響き渡った。
手がかりはない。アルジャーノの本体がどこにいるかは不明。
どうすることも出来ない。薬師にも治せない。
何故、人が人から幸せを奪う?
なんの権利があって?
理解出来ない。
なんのために?
「なんでもいいんだ!!」
エリックは膝をついてしまった。
その時、テントの入り口の方から何かが飛んできた。
白い鳥。美しい白い鳥。
ローエンと出会った時に遭遇した、喋る鳥。
美しい鳥は刃のように空を舞い、エリックの肩に乗った。
「水の都アルカディアに向かいなさい」
テントの中に響く、美しい言葉を発した鳥。
皆、驚いた。特にシノは驚いていた。喋る鳥など見たことがない。
さらに、別の意味で驚いていたのはクイナだった。
「天秤の鳥」
クイナは立ち上がり、一歩、エリックの方へ踏み出した。
鳥はエリックの肩から離れ、風のようにその場から去ってしまった。奇跡だけを残して。
「クイナ様、今の鳥を知っているのですか?」
ローエンはクイナに尋ねた。ローエンも、鳥の言葉を聞いたことが何度かある。しかし、鳥の名前を知ることはなかった。
「今の鳥は、神様の使いだ。人間に、道を示してくれる鳥なんだ。あの鳥に導かれて、幸せになる者がいるという話だ。天秤の鳥と呼ばれているよ。私も、皇帝の棺を探していた時に見たことがある。言葉を喋る鳥は、天秤の鳥以外にいない。神のお導きだ。むしろ、あの鳥自体が、神様なのかもしれない」
「水の都アルカディア」
エリックは呟いた。
「行ってみる価値はあると思います。あの鳥は間違ったことを言ったことが一度もない。立ち上がりましょう、エリック。元気をだしてください。まだ、道が残された。未来への可能性はあります」
「しかし、ローエン。皇帝の棺は無意味だったんだ。莫大な財宝は手に入らない。俺はともかく、もうローエンが旅を続ける理由はないはずだ」
「そうですね。確かに、私の理想は終わったように思えます。しかし、私は諦めません。莫大な財宝を手に入れなくても、街を作ることが出来るかもしれない。何年、何十年とかかろうとも絶対に理想を叶えます」
「応援している。ローエンなら出来るはずだ。俺達の利害は一致しなくなった。短い間だったが、ローエンには本当に助けられた。今までありがとう。俺は……」
「私は、貴方と共に水の都アルカディアへ向かいます」
「何故だ?俺についてきても、財宝は手に入らない」
「何故、ですか。それは……見捨てておけないからです。短い時間でしたが貴方の人柄はわかった。情が移ったとでもいうのでしょうね。仲間が必要でしょう?アルジャーノを倒すために。一人より二人の方が、勝率は上がります。それに私は傭兵の身分。貴方に雇われるという形でご一緒させていただきます」
「雇う……何を渡せばいいんだ?」
「貴方の彼女の笑顔を見ることが報酬です。我々は仲間の誓いをしたはずです」
ローエンは言い切った。
エリックはその言葉に深く心を打たれた。
なんて優しい人間。
自分では到底叶わないほど優しい。
人間が出来ている。ローエンの人生が、ローエンを作り上げてきたのだろう。
「ありがとうローエン。本当にありがとう。行こう、水の都アルカディアへ。俺は幸せ者だ。こんな仲間に恵まれて。孤独な戦いだと思っていた。それが、こんなにも……」
人間は、一人では生きていけない。だから支え合う。そして、ローエンの覚悟は無償の支えそのものだった。それが、エリックをどれほど救ったか。
「アルカディアは、ノーバイドからずっと北だね。天秤の鳥のお導きだ。良かったね、エリック君。仲間にも恵まれて、まだ可能性は消えていない。絶対に諦めるんじゃないよ。応援している。シノ!」
「なんでしょうか?」
「エリック達を支えてやってくれ。一緒に行ってやってくれ。シノの力があれば、旅は楽になる。恩人には恩を返さなければならない。ノーバイドはもう大丈夫だ。後は、私がなんとかする。旅に出てくれ」
「ぼ、僕がですか!?しかし、クイナ様のお側にいると、私は決めて……」
「もう、私になんて、義理を感じる必要はないんだよ。最後のお願いだ。アルジャーノを倒してくれ。エリック君を救ってやってくれ」
頭を下げるクイナ。そうされると、シノは何も言えない。恩人の頼みを断れるものか。
「わかりました。エリック達と共に水の都アルカディアに向かいます。しかし、絶対に帰ってきます。僕の居場所はクイナ様の傍です。例えどんなに辛い旅でも」
「ありがとう。お前は本当にいい子だ」
クイナは笑顔を見せた。クイナの前に並んでいるのはエリック、ローエン、シノ。
三人で、水の都アルカディアへ。
道は途切れていない。
鳥が運んできた、僅かな希望を胸に進むことが出来る。
エリックは一人ではない。仲間が出来た。
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