第六章 水の都アルカディアへ

28話 迫る悪意アルジャーノ

 エリック達は、クイナと共にノーバイドへと帰還した。これからは街の争いも少なくなるのだろう。シノはそう思っていた。

 今、エリック達は穏健派の拠点のテントにいる。クイナの部屋である。大きな赤い扇が置いてあるのが印象的な、クイナの部屋。クイナは座布団に座り、前にはエリックとローエン、シノが立って並んでいる。


「もう一度言うけど、本当にありがとう。さて、じゃあ、さっそく皇帝の棺の話をしよう。私は、20年前に皇帝の棺を見たことがある。最初はただの棺だと思っていたし、皇帝の棺なんて信じてもいなかったけど、棺の蓋を外してみたら、皇帝の棺だと理解した」


「何が入っていたのですか?」


 前のめりになるエリック。当然だろう。クスハの運命がかかっているのだ。


「何もなかった。まったくの空っぽ。皇帝の棺は存在するけど、中身は空っぽだ」


 その言葉に、エリックは言葉を失ってしまった。


「質問です」


 ローエンが手を挙げた。


「なんでも」


「どうして、中身が空っぽなのに、皇帝の棺だとわかったのですか?」


「その指摘は正しい。そう、中身は空っぽだった。だけど、蓋を開けたら、幻覚を見たんだよ。現実だったかもしれない。声が聞こえてきたんだ。『人間を殺してこの棺に入れろ』『そうすればお前の願いは叶う』そう聞こえた。私は、大好きだった夫がいたんだけど……いや、だった、じゃないね。今でも愛している。夫は、野盗に襲われて死んでしまってね。皇帝の棺は、人殺しをする代償に望みを叶えると言ってきたのさ。私は直感したよ。この棺には関わってはいけないと。夫のことは愛しているさ。だからといって、人殺しをするつもりもなかった。人を殺して中に入れたら、どうなっていたのかはわからない。しかし、予想は出来る。人の道を踏み外させるのが、あの棺の性質だよ。だから、関わるな。これは忠告でありお願いだ。シャガール王の遺体はなかった。どうか道を踏み外さないでくれ」


 クイナは悲しげに目を伏せた。

 エリックはその言葉一つ一つを、真剣に受け止めていた。そして絶望していた。


「お話は……わかりました。では、クスハは助からないのですか?あの黒いアザを受け入れ、病に倒れるしかないのですか?希望はないのですか?俺は、皇帝の棺さえ見つければ、希望はあると信じて……彼女は今も俺を信じて待っている……」


 唇を噛むエリック。その姿は痛々しかった。ローエンは俯いてしまった。エリックの絶望がわかったからだ。


「皇帝の棺には頼れない。だが、エリック君の恋人を救う手段はある」


「え……?」


「前に、君は言っていたよね。賢者から、皇帝の棺の情報を教わったと。そいつさえ倒せば、恋人のクスハ君を救うことが出来るかもしれない。だから前に、賢者の名前を君に聞いたんだ」


「どういうことですか?」


「その賢者の名前は恐らく、アルジャーノってヤツだ。紫の瞳をしていなかったかい?」


 その言葉にエリックは驚く。指摘どおりだったからだ。


「していました」


「そうか……断定は出来ないけど、そいつは、アルジャーノだ……」


「何故、賢者を倒さなければならないのですか?話についていけません」


「君の恋人の病は、流行り病でも、不治の病でもない。人為的なものだ。黒いアザが浮かぶ病を、『かけられた』んだよ。賢者……アルジャーノは、狙いを定めて人を病に陥れる。そして、それをなんとか治してあげようと必死になる人間を見て、楽しむんだ。道楽でやっているんだよ……悪魔の中の悪魔だ。昔ね、仲間の中に、君と同じような理想を追い求めていた探検家がいたんだよ。その仲間の恋人も、アルジャーノによって呪いをかけられた。皇帝の棺を追い求める人物を嘲笑うのが、アルジャーノだ」


 クイナは憂いを帯びた瞳で俯いた。

 一方、エリックは事態が飲み込めない。

 思い出す。賢者の助言。賢者からもらった書物……。

 デタラメ?

 シャガール王の呪い。シャガール王の呪いが人を病にする。

 唖然とするエリック。冷静になれば、ありえないことではないか。信憑性の欠片もない。

 それでも、エリックは信じてしまった。クスハのためなら、なんでもする覚悟だったからだ。

 クイナから今教わったことは、絶望と希望。デタラメに絶望し、希望が見えた。アルジャーノさえ倒せば、クスハは病から立ち直れると。

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