26話 影渡り
そして、行動派の戦士たちはプレッシャーに押し潰されそうだった。特に、次の出場選手のデルマは、怯えに近い感情を覚えていた。短い茶髪の好青年だ。鎧は着ていない。
「負けるわけにはいかないんだぞ!!豊かな土地に移動するんだ。そうすりゃ生活は楽になる。弱いものを見捨てるなとかクイナは主張しているが、犠牲なんてものはいつの時代だってあった。人間は生きていく中で、何かを見捨てなければ幸せになれない時期ってのがある。今がその時期なんだ!!そうだろお前達!!」
ヴァルゴの喝。その言葉の力強さに、行動派の人間は気合を取り戻した。
歓声が上がる。怯えていたデルマも気力を取り戻した。
「ヴァルゴ様!俺やりますよ!我々の豊かさのために!」
「その意気だデルマ!負けるなよ!」
行動派の者達は、デルマへ次々に応援の言葉を浴びせた。負けるな。頑張れ。幸せを掴むんだ。
それを、シノは観客の中から見ていた。次の出番はシノだが、まだ彼女はバリアン遺跡の中央には向かっていない。
行動派の者達の様子を、ただ見つめているシノ。
「シノ、予定通りだ。終わらせてくれ」
クイナがシノの肩を叩いた。その表情は少し悲しそうにも見えた。
「クイナ様、何故、人は間違ったことを正義だと信じられるのでしょうか?何故人を傷つけるのでしょうか?行動派は、自分たちが正義だと疑わない。僕は正義を信じていません。もし信じられるものがあるとすれば、それは人の強い志だけです。彼らに志はあるのでしょうか?なんの権利があって、移住を望むのでしょうか?自分一人で勝手に出ていけば良い。それなのに仲間を作りたがる。他人に、自分の理想を強要する。僕は悲しいです。だから戦います。悲しいから」
「それでいい、シノ。存分にやってきな」
シノは深く頷き、バリアン遺跡の中央へと向かって行った。
シノとデルマが同時にバリアン遺跡の中央へと向かい、中央で二人は対峙した。
デルマは油断していなかった。ヴァルゴに、目の前の少女はとても強いと教わっていたからだ。行動派が完全に押されているが、まだ勝機はある。そのためのバトンを繋ぐため、デルマは負けるわけにはいかなかった。
ヴァルゴに強さを教わったこともあるが、目の前のシノは威圧感を全身に纏っていた。臆していては、一歩退いてしまうかのような威圧感。存在感。だが相手は所詮小娘。
「怪我をしないように、引いた方がいいんじゃないのかい?お嬢ちゃん」
「こっちの台詞だね。お前では僕には勝てないよ」
「安い挑発だな。行動派の未来がかかってるんだ。そんな挑発には乗らない」
「何故、自分たちの未来を考えることが出来て、他人の未来を考えることが出来ないんだ?」
「どういう意味だ?」
「どういう意味……?その言葉でわかったよ。時間の無駄だ。さっさと終わらせよう」
シノは左手にナイフを握った。美しい銀のナイフ。右腕はフリーになっている。
軽くジャンプを繰り返すシノ。相手に向ける瞳は、怒りでも悲しみでもなく、諦め。
「容赦はしない」
デルマも剣を抜いた。
吹く風。
砂埃。
見守る観衆。
移動することの出来ない穏健派の者が、祈るように両手を合わせている。
シノはちらりとそれを見た。
そして、その姿を見て、誓った。
「負けないからね」
誰に聞こえるでもなく呟いた。
「準備はいいか!?」
ヴァルゴの大声。顔には焦りが浮かんでいる。
デルマは、ヴァルゴに頷いてみせた。
「始めろ!!」
再びヴァルゴの大声。
その直後に、デルマは地面に倒れ込んだ。シノが押し倒したのだ。
「終わり」
シノはそう言って、クイナ達の方に歩いていく。
穏健派の勝利なのだが、観衆には何が起きたのかわからなかった。倒れ込んでいるデルマでさえ、何が起きたかわからない。ヴァルゴもわからない。だが、デルマが倒れているのは事実。シノとデルマの距離は、五メートルはあった。しかし、シノは一瞬でデルマに接近したのだ。
倒れ込んでいたデルマは慌てて起き上がった。そして叫ぶ。
「お前、なにをした!!こんなのインチキだ!!」
シノは鋭い目つきで振り返る。
「実力の差」
「馬鹿にしてんのか!?何をしたって聞いているんだ!!」
「お前にはない。僕にはある。足りていない。それだけの違い」
その声は、どこか威圧感を感じさせるものだった。
「何が足りないというんだ!!」
「志だよ。お前達の負けだ。大人しく引き下がるんだな。ルールもわからないのか?倒れたら負けなんだよ」
デルマはその言葉を受け、黙ってしまった。確かにその通りだからだ。たとえ、どんなに意味不明な現象が起きたとしても。
穏健派の観衆は、現実を理解し始めた。勝ってくれたのだ。戦士達が行動派に勝ってくれたのだ。一人が歓声を上げると、周りの者も歓声を上げ始めた。涙を流している者もいる。シノに向かっていく者もいれば、エリックとローエンに感謝する者もいた。
「旅の方、本当に、本当にありがとうございます。あなた達は命の恩人です。先立った夫が愛した、この土地に残ることが出来ます。本当になんと言ったらよいのか」
小柄な老婆が何度も何度も、エリックとローエンに頭を下げている。それを受けた二人は戸惑いながらも、温かい気持ちになった。
確かに、皇帝の棺の情報を聞き出すのが目的だった。だが気がつけば、穏健派の主張を正しいと感じ行動している。
「おばあさん、俺たちは確かに、目的があるから穏健派に協力しました。だけどそれだけではない。『正しい』と思ったから行動したんです。頭を上げてください」
エリックは微笑んだ。それを聞いた老婆は泣き出してしまった。
「困ったな……」
エリックが戸惑っていると、そこにシノが歩いて戻ってきた。シノの周りは穏健派に囲まれていた。様々な声が、シノに向かって飛び交っている。
「やはりシノ様は素晴らしい方だった!!」
「穏健派の女神だ!!」
「シノ様、ありがとうございます!!」
「結婚してください!!」
多種多様な声。シノはやれやれといった様子だった。しかし表情はまんざらでもなさそうだ。
「エリック、ローエン、おつかれ」
「やったなシノ。これで穏健派の勝利だ」
「正直、助かった。ありがとう二人共」
シノは、エリック達に頭を下げた。
クイナの姿が見当たらない。ヴァルゴの所に行っているのだろう。
「瞬間移動の謎を教えてくれませんか?」
ローエンがきいた。いまだに解けない瞬間移動の謎。
「君たちの秘密も教えてもらったし、教えようか。あれは、影渡りっていうんだ。人間の影に瞬時に移動できる。だが、物体の影には移動出来ない」
「なるほど、それは強い。ほぼ弱点はないですね」
「影が無ければ移動できないというのと、逃げるには向かないって所が弱点かな。さて、クイナ様はもう少しすれば、戻ってこられると思う。皇帝の棺のこともわかるだろう」
そう告げたシノは、周りから相変わらず称賛されていた。勝利のムードが漂い、場は温かい雰囲気に包まれていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます