25話 惑わす幻の槍
「よくやった!エリック君!」
クイナは、エリックの肩をぽんぽんと叩いた。
「剣筋がまったく見えなかったよ。それに、言葉に力があった。エリック君の言う通りだ。結構考えているんだね。ありがとう、これで穏健派の一勝だ」
「負けられない戦いでしたので」
「頼もしいねぇ。さて、次だね。ローエン、いいかい?」
ローエンは腕を引っ張って伸ばしていた。体操だろう。
「いつでもいけます」
「さっきの男以外は大したことはないと僕は思うけど、油断するなよ」
シノは腕組みをしながらいった。
「それより、シノも負けない準備をしておいてほしいですね」
「口の減らないやつ」
「冗談です。負けませんよ」
ローエンはシノの肩をぽんと叩くと、バリアン遺跡の中央へと向かった。
シルヴァはヴァルゴの元に戻っていた。行動派の者達は焦っていた。一番の手練のシルヴァが勝って、相手にプレッシャーを与えるつもりだったのだ。だが、そのシルヴァが負けてしまった。
「ヴァルゴ様、申し訳ありません」
頭を下げるシルヴァ。彼の頭の中では、エリックの言葉がぐるぐる回っていた。
「申し訳ありませんじゃねぇ!穏健派なんかに負けてどうすんだ!」
ヴァルゴは顔を赤くしている。苛立っているのが見てとれる。苛立ちの原因の一つは、シルヴァの剣がいつの間にか地面に落下していたことだった。明らかに普通ではない何かが起きた。
「次だ!次!よそ者で、たまたま強いやつが乱入してきたってことだろう。考えていてもしょうがない!次は勝てよ!頼んだぞクジャ!あんまり負けてはいられねぇ。穏健派は日和った連中の集まりだが、シノがいるからな……絶対に勝ってこいよ、クジャ」
「は、はい」
クジャと言われた男は、どこか緊張した面持ちで返事をした。黒髪を後ろに纏めて、頬髭を生やしている。目は開いているのかわからないほど細かった。鎧は立派だった。武器は、背中に背負った槍。
ヴァルゴに背中を叩かれ、バリアン遺跡の中央へ向かうクジャ。中央ではローエンが待ち受けている。
クジャはなんとなく感じることがあった。何か、不気味だ。何が不気味なのかはわからない。ローエンの持つ黒い槍の存在感に押されたのかもしれない。
ローエンとクジャが向かい合った。ローエンはとても落ち着いている。クイナ達の方を向いて、手も振ってみせた。
対するクジャは、ガチガチに固まった状態。ここで負けたら、なんと言われるかわからない。ヴァルゴを恐れながら、ちらりとヴァルゴ達の方を見た。行動派はクジャを応援している。応援の声が響いている。若者が多い。
「エリック、勝てると思う?」
周りから観戦しているシノが、エリックにきいた。
「余裕だ」
「同感」
二人は頷いた。
そしてヴァルゴの大声が響く。
「よーし、始めろ!!」
開始の号令。
最初に動いたのはクジャだった。それは勢いだったかもしれないし、緊張だったかもしれない。
ローエンは槍を構えている。
瞬間的にクジャが自らの槍を横に振った。左から右への薙ぎ。
続いて、自分を守るように槍を引き寄せる。さらに次は、空中に向かって槍を振るう。
クジャは少し汗ばんでいた。さらに、前に槍を一突き。いずれの行動も、ローエンに届いていない。ローエンは一歩も動いていない。白い鎧を着て、黒い槍を構えているだけだ。
「なにやってんだクジャは!」
ヴァルゴが舌打ちしている。
その一方で、穏健派の者も困惑していた。
「なにかおかしい。相手の動きがおかしい。動きが滅茶苦茶だ。どう見る?シノ」
エリックが観戦しながらいった。エリックにも違和感の正体が掴めない。
「僕もわからない。ただ、この変な状況はローエンが何か仕掛けたとしか思えない。相手は相当焦っているし……なんなんだ?」
ローエンは動かない。獲物を見つめる鷹のように、相手を見ている。
一方、クジャは戦っていた。『ローエンが槍を突いてきているように見えている』のである。黒い槍が、容赦なく自分を攻撃してきているように見えているのだ。それを防ごうと、全力で自分の槍を動かしている。あっという間に、隙だらけになっていくクジャ。
ローエンが動いた。黒い槍で、クジャの槍を狙って薙いだ。クジャは散々守りに徹していたのに、その薙ぎを防ぐことは出来なかった。
クジャの持っていた槍が、弾き飛ばされ地面に音を立てて落ちた。
クジャは焦り、そして彼の目には、ローエンの槍が自分を突き殺すように『見えた』。
尻もちをついて倒れるクジャ。
一瞬の静寂。
そして、穏健派の者達から、歓声が上がった。異論の余地なくローエンの勝ちだった。
一方、行動派は動揺していた。謎の旅人に二回負け、完全に追い詰められている。
ローエンは足早に、エリック達の元に戻ってきた。クジャは額から汗をかき、地面に倒れ込んでいた。
「ローエン、どういうことだ?相手の動きが普通ではなかった。まるで、幻影と戦っているような素振りだった」
エリックがきいた。シノも同じことを思っている。
「この槍の為せる技です」
ローエンは黒い槍を右手で掴み、前に差し出した。
怪しく光る黒い槍。白い鎧とは、まるで正反対の。
「この槍は、幻覚を見せる魔法の槍です。霞の槍といいます。実際の槍の動きとは別の動きを、相手は錯覚する。防ぐのは容易ではなく、間合いも測りづらい。この槍の動きを見極めるのは不可能です」
「性格の悪い槍だな。強いけど」
シノは納得したように頷いている。そして、行動派達の方を見た。
どうやら、相手さんはかなり焦っているようだとシノは感じた。倒れ込んでいたクジャも立ち上がり、ヴァルゴ達のところへ引き返している。
「ヴァ、ヴァルゴ様すみません」
「すみませんじゃねぇ!相手はまったく動いていないのに、お前はなんで変な動きをしているんだよ!」
「え?いや、相手は怒涛の攻撃をしてきましたよ!」
「はぁ!?止まってただろ!!」
「いえ、確かに突きをしてきて……」
「どういうことなんだ」
ヴァルゴは舌打ちした。クジャは嘘を言っていないように思える。嘘をつく理由がない。相手が、何か仕掛けてきたのだ。
いずれにせよ、行動派にとって、状況は良くない。穏健派には、まだシノが残っている。このままあと一敗してしまえば、行動派は負けてしまう。決闘の人数を多くして、自分たちに有利になるように仕向けたのに、蓋を開けてみれば自分たちが追い詰められている。
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