23話 人の数だけの正義

「愚かな連中」


 シノが吐き捨てるようにいった。


「シノ、俺は行動派の考えにも一理あると思う。この砂の都では生活はしづらい。将来のことを考えて住む土地を変えるというのは、自然なことに思える。人間は豊かさを求めるものだ。もちろん、行動派に賛成というわけじゃない。穏健派の考え方のほうが好きだ。しかし、相手にも正義があるということを忘れてはならない。お互いが相容れなくても、寛容さを持ち、相手を認めることも必要なことだと思う」


「わかってるよ、エリック。それくらい、わかってる……だけど行動派には勝たなきゃいけない。人の視点によって正義が変わることがあるってわかってる。しかし正義に打ち勝つ正義が必要なんだ」


 シノは街の人々を想いながらいった。


「エリック君もなかなか良いことを言うね。さて、ヴァルゴはどこかな」


 クイナはエリックに笑みを向け、行動派の長ヴァルゴを探しに、行動派の群れに近づいていった。エリック達はその場で待っている。クイナの姿が離れていく。

 バリアン遺跡の決闘が始まるまで、あと少し。



 遺跡群の中央に、クイナとヴァルゴ、それにエリック達と、行動派の戦士が並んでいた。 皆を取り囲むように、砂が舞っている。遺跡は亡骸。ただひたすらに殺風景なその景色の中で、砂の都ノーバイドの運命を変える戦いが始まろうとしていた。

 行動派の長ヴァルゴは、とても大きい体をしていた。動物のように赤い毛に覆われた筋肉質な体。黄色の着物を来ている。クイナの服装に似ていると言える。ヴァルゴは、自信に満ちた表情をしていた。行動派の戦士たちは、いずれもが逞しい姿で、腕っぷしが強そうであった。


 しかし、その中に一人だけ細身の男がいた。シノに似た黒い髪に、真っ黒の装束。周りが筋肉質なだけに、その男は弱そうに見えた。

 だが、クイナはその男を見て表情を険しくしていた。エリック達も、その男だけを注視している。

 エリックとローエンとシノは、自然に集合して囁き始めた。


「ローエン、シノ、あの男をどう思う?」


「油断できない。僕は勝てると思うけど、あの男……そう、まるで気配がない。元々気配がないんじゃない。自分で気配を消してる。僕達があの男に当たって、一回負けてしまったら、穏健派の勝利が危うい。何番目に出てくるか」


「私も危険だと思います。見た所、武器は剣ですね。どれほどの実力者か」


 エリック達が相談している間に、ヴァルゴは自信ありげな表情と共に、話を進めようとしていた。


「よし、クイナ。決闘に出る者の順番を決めようじゃないか。同時だ。同時にお互いに順番を発表する。文句はないな?地面に倒れたら負けだ」


「承知。人を思いやれないお前たちには負けない!確かに、お前たちの理想は豊かさをもたらすかもしれないよ。だが人を見捨ててまで享受する豊かさなんて、偽りなんだ。人を踏みつける行為には、何の意味もない。そんなことにも気が付かないお前は馬鹿だよ、ヴァルゴ!さあ、みんな並ぶんだ!」


 クイナはエリック達に叫んだ。その声には、決して負けられない決意がこもっていた。

 穏健派の戦士、エリック達五人が自然に動き出した。

 一番、エリック。

 二番、ローエン。

 三番、シノ。

 四番目と五番目は穏健派の戦士。しかし、実力はエリック達よりはるかに劣っている。

 エリックは鋭く相手の順番を見ていた。黒の男が、どの立ち位置に来るか。

 行動派の者達も並び始めている。そして、黒の男はエリックの目の前に立った。

 一番目だ。一番の強者を最初に持ってきた。他の行動派の人物も、並び終えたようだ。


「よーし、順番は決まったな!じゃあ一番から順番に始めっか。決闘者以外は中央から離れて見学だ。頼むぞシルヴァ」


 ヴァルゴは余裕の表情だった。そして黒の男をシルヴァと呼んだ。


「任せろ」


 シルヴァは淡々といった。

 エリックと向かい合うシルヴァ。他の者は離れていく。

 円を描く様に、行動派と穏健派の観客が中央を見つめている。


「お前に言っておくが」


 シルヴァはエリックを指差した。


「豊かさがもたらす幸せが、どれ程のものかお前たちは知らない。俺の家族は、この土地に苦しみ、この土地を恨み死んでいった。だが、決して俺にだけはひもじい思いをさせなかった。お前たちに俺の恨みはわからない。この土地から離れるのが正解なんだ。ついてこられない者は置いていけばいい。一時の犠牲で、今も将来も豊かになるんだ。俺は未来の子供達にも辛い思いをさせたくはない」


「違う。間違っている。それだけの不幸を思い知ったのなら、人が不幸になることもわかるはずだ。人の犠牲の上に成り立つ豊かさが、どれだけ脆いかわからないのか?今確信した。お前には絶対に負けられない!人を踏み台にするような人間に俺は負けない!!」


 エリックは剣を抜いた。輝く銀色の剣。


「この土地の厳しさを知らないだけだ!人は、誰かの犠牲の上に成り立つものなんだよ!理想論でも平和主義でも人は救えない!老人たちの屍を踏みつけてでも俺たちは移動しなければならない!全ては将来のためだ!」


「今いる人間を踏みつければ、将来もまた人を踏みつける!人の命の重みを知らないお前には負けない!!」


 エリックはシルヴァを睨んでいる。既に交戦の構え。

 シルヴァは左の腰につけていた剣を引き抜いた。その剣もまた、黒い。どこまでも漆黒の戦士。

 バリアン遺跡の中央には、エリックとシルヴァがいるだけ。他の者は離れている。

 ローエンとシノが、エリックを見つめていた。


「よし!始めろ!クイナ、約束を忘れるなよ!穏健派はここで終わりだ!」

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