第五章 バリアン遺跡の決闘
22話 99%勝てる
決闘の日が訪れた。空は快晴。鳥達の鳴く声は美しく、吹く砂埃は音もなく舞っている。
行動派は、この砂埃の土地を悪と見ている。作物は限られたものしか作れず、水を取るのにも一苦労な砂の都ノーバイド。この土地を離れれば、もっと豊かになれる。そう行動派は信じている。
変わって、穏健派はこの土地に骨を埋める気でいる。確かに、生活には苦労がかかる。しかし新天地を求めて旅立とうにも、長距離の移動に耐えられない者がいるのだ。足の悪い者。老人。その人達を、置いていくわけにはいかない。それに、老人はこの土地に特に思い入れがある。先祖から受け継いだ大切な土地。そこには、誰にも干渉できない、思い出という名の宝があった。
両者共に譲る気はない。しかし、無駄な血を流すほど愚かでもない。話し合いで解決しないという事象を、決闘という形で解決しようとした。今日がその日だ。
決闘の場所は、砂の都ノーバイドを出てわずかに北、バリアン遺跡という誰も寄り付かない場所だった。そこには、古代の建物と、見渡す限りの砂しか無い。建物はとうに砂に埋もれて、形を保つのが精一杯だった。
先にバリアン遺跡に辿り着いたのは、穏健派のクイナ一行だった。戦える人物だけで行くから、みんなは来なくていいとクイナは言ったが、穏健派の者たちは、戦えないながらも、クイナ達と一緒についてきた。その心情は理解出来る。未来のかかった決闘なのだから。
エリックは、真剣な表情でクイナの後を歩いていた。後ろにローエンとシノがいる。
「ここがバリアン遺跡ですか。殺風景ですね」
「そうだね。ただ、もうすぐ人が増えると思うよ。行動派のやつらが押し寄せてくる。エリック君、もう一度聞くけど勝てるか?」
「勝てます。理想論でもなく希望でもなく、勝ちます。強くなければ何も守れない。勝てなければ意味がない。俺の剣はそのためにあります。穏健派の主張を助けたいという気持ちもあります。しかし、一番はクスハのためです。俺は必ず勝たなければならない」
エリックは硬い表情のままいった。
頷くクイナ。そして彼女は思った。クスハという人物を失った時、エリックの強さはどこへ消えるのだろうかと。
「結構。ローエンは?」
その問いに、ローエンは少し間をおいてから応えた。
「……負ける可能性があると思います」
「は?」
驚いて声を出したのはシノだった。そして彼女はまくし立てる。
「勝てるって言っただろ!!僕達は負けるわけにはいかないんだぞ!!今更、今更!!怖気づくくらいなら、誘いを断ればよかったじゃないか!!なんで気が変わった!?負けたら、奴等は力づくで移動を始める!!何人死ぬと思う!?勝たなきゃ意味がないんだ!!」
シノはローエンに対して、怒りながら不満そうな表情を向けている。エリックも、疑問の表情だった。クイナだけが真剣にローエンを見つめている。
「落ち着きな、シノ。ローエン、なんで勝てないと思う?」
「相手を見ていないからです。例えば……そう、決闘の相手が、ドラゴンだったとしましょう。勝てますか?負ける可能性があるというのは、可能性の話です」
語るローエンには考えていることがあった。まず、エリックとシノは自信に満ちている。話に聞いた、時を止める剣と、シノの瞬間移動があれば、二人は確かに『9割』負けないだろう。
だが、ローエンは知っていた。経験していた。人間の驕りが悲惨な結果をもたらす事があると、経験上わかっていた。ローエン自身は、心の中では自分は勝てると思っている。だが、エリックとシノに対する忠告を出すためにわざと発言したのだ。
「クイナ様、こんな臆病者を決闘に出してもよいものでしょうか?エリックの言う通りです。勝たなければ意味がない。今からでも別の者に出てもらうことを進言します」
「いや、ローエンが正しいね」
クイナはシノの言葉を突っぱねた。
「え!?何故ですか?勝てなければ意味のない戦いです!そこに必要なのは、覚悟と、絶対の確信であるはずです。その二つが無ければ、理想だけの戦いになってしまいます。我々に必要なのは、絶対的な勝利のはずです。クイナ様も絶対の勝利を望んでいるはずです。今一度お考えを……」
「油断するなって言ってるんだよ、ローエンは。確実に勝てると思っても、人間は油断をしちゃいけない。『絶対に勝てるという自信』と『絶対に勝てるという予測』は、子供と大人ほどの違いがある。自信は、自分だけのもの。予測は、相手を観測してからの判断だ。シノ、お前は確かに強い。しかし油断すれば足元をすくわれる。わかるね?」
クイナの弁だった。シノはすぐにその言葉の意味を汲み取った。
「わかります。そうですね、確かに……クイナ様の言う通りです。絶対に勝つという覚悟は変わりませんが、冷静に、判断をしようと思います。確信が、すぐ崩れ行くものだということは、この身に染みております。油断をしていていました。認めます。申し訳ありません」
「流石に飲み込みが速いね。謝らなくてもいいんだよ。そこがシノのいいところだけどね。エリック君もわかるかな?」
「確かに、わかります。先を急いで焦っていました。油断はしません。ありがとうローエン」
エリックは素直に認めた。ローエンは、エリックとシノを見て安心したようだった。
「よろしい。さあ、敵さんのお出ましだよ」
クイナは振り返り、バリアン遺跡に接近してくる集団を見た。穏健派の群れとは違う雰囲気をまとった集団が、近づいてきている。
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