21話 理由

 エリックは喧騒の中で、燃える炎を見つめていた。その緑の瞳は、遥か昔を見るような、危うげな目だった。昔のことを思い出す。


 昔、どうやって作るのかもわからない、花火という道具でクスハと遊んだことがある。

 パチパチと音を立てて消える棒。


「綺麗だね、エリック」


 クスハは笑顔で花火を見つめていた。エリックの目には、クスハのピンク色の瞳のほうが綺麗に思えたが、確かに花火も綺麗だった。


「そうだな。これはどうやって作られているのだろう」


「エリックはよくそういうことを考えるよね。考えすぎてると疲れない?」


「自然な好奇心だから、疲れることはないな。これを作った人の気持ちが気になる」


「そっか。作ってくれた人も喜ぶよ」


 微笑むクスハ。彼女の笑みには、魔力的ななにかがある。


「ねえ、エリック。私、今、幸せよ。こんなに幸せでいいのかっていうくらい。ずっと一緒にいてほしい。無茶な願いかもしれないけど、一緒にいたいの」



 昔の思い出だ。炎を見つめ続けるエリック。炎を見つめていたから、花火のことを思い出したのだろうか。

 考えれば考えるほど、クスハを救うのは難しいのではないか、という疑問が離れない。

 彼女が悪いことをしただろうか?

 していない。クスハは悪くない。

 その幸せが、何故奪われなければならないのか……。


 エリックが物思いにふけっていると、水色の髪のクイナが彼のもとに近づいてきた。


「エリックくん、何をしんみりしているんだい?宴の主役はあんた達だよ?彼女のことでも想っていたのかい?」


「神は不平等です」


「言いたいことはわかるけどね。じゃあ平等ってなんだい?」


「誰もが幸せに生きる権利を得られれば、平等です。誰もが幸せになるために生まれてきた。クスハもそうです。彼女が生きる権利をどうして奪うのか、わからない。幸せだった。病さえ無ければ」


「皇帝の棺の情報はまだ教えられないけど、言っておきたいことがある」


「なにか?」


「人の言うことを迂闊に信頼するな。悪意に飲まれるぞ」


「なんの話ですか?」


「今後の教訓。あーあ、湿っぽい。私は行くよ。明後日は頼んだよエリック君」


 クイナは思案しながら、その場を立ち去っていった。街のゴタゴタが終われば、話をしなければならないだろう。慎重に動かなければならない。エリックを旅立たせた、賢者のこと。



 決闘の前日。エリックとローエン、それにシノは、街の喫茶店にいた。人通りは相変わらず少なく、外と内を分ける壁もない喫茶店。三人は木のテーブルを囲んで座っていた。


「エリック。君は本当に勝てるの?まあ、僕が選んだんだけど」


 シノは短い黒髪をかき分けながらいった。


「勝てる」


「理由は?」


「剣で相手の武器を叩き落とせばいい」


「理由!」


 シノはテーブルを拳で叩いた。ローエンは優雅にお茶を飲んでいる。


「それが簡単にできたら、誰も苦労はしないだろ。僕は絶対に勝つけど、君たちも絶対に勝たなくちゃいけないんだ」


「あまり人に話したくはない。しかし、仲間にならいいかもしれないな」


「仲間?」


 シノは首を傾げた。


「君とローエンのことだよ」


「あ……そう。そうか、仲間か、うん。あんまり言われたこと無いから嬉しいな」


 シノは何故か嬉しそうに頬を染めていた。


「シノにも可愛い所がありますね」


 ローエンは手にしたお茶をテーブルに置いた。


「死にたいのかローエン」


「冗談です」


「馬鹿にして!それでエリック、なんでそんなに自信がある?」


「この剣」


 エリックは腰に下げている剣を引き抜いた。銀色に光る剣。握る部分に、紫の装飾がしてある。ローエンとシノはそれを注視した。美しいが、ただの剣にしか見えない。しかし、何か怪しげな雰囲気を感じる。


「この剣を避けることは出来ない。例え相手がどんな強者だろうと。この剣は振るっている間は、時間が止まる」


「時間だって?」


「振り終えたことに気づいたときには、相手は倒れている」


「ふーん……」


 シノはお茶に口をつけた。デタラメを言っているわけではなさそうだ。

 想像する。振っている間に、時間が止まる剣。つまり剣筋は残らず、剣を振られたという結果のみが相手には残る。それなら、確かに無敵だ。


「その剣の効果を、見せてくれますか?エリック」


「決闘の日に嫌でも見る」


「楽しみにしておきます」


「まあ……エリックはわかった。しかし、ローエンは勝てるのか?飄々としているが、負けたら終わりなんだ。ただ槍が得意というだけでは、勝てる理由にはならない。勝てる根拠は?」


「勝てます」


「り・ゆ・う!」


「相手は、私の槍を見切ることは出来ません」


 淡々と語るローエンの態度に、シノはため息をついた。どいつもこいつも理由を話したがらない。シノは諦めた。


「わかった。その、当日はよろしく頼む。クイナ様の頼みなんだ」


「クイナ様に恩があるのか?」


 エリックは茶を手にしながらシノにきいた。


「あるんだ。一生をかけても、返せないほど。人生って、どうしても忘れられない良い思い出があるだろ?僕にとっては、クイナ様に受け取った時間は宝物なんだ。だからクイナ様の役に立ちたい。こんな僕でも、クイナ様に出来ることがある。それが嬉しい。思い出は人間に欠かせないものなんだ。それを僕は学んだ。だから僕も負けたりしない」


「その通りだと思うな。で、シノはどうやって勝つつもりなんだ?」


「僕は必ず勝てる」


「理由は?」


 エリックとローエンが、同時に発声した。

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