20話 理想郷を見つめる瞳

 その日の夜。黒い夜空に美しく光る星が見える夜。穏健派の宴が、外で開かれた。

 大きな火が、皆の中心で揺れている。みんな暗がりの中、その火の回りに集まって酒を飲んでいる人々。

 ローエンが、一人で丸太に座りながら、静かに火を見つめていた。ローエンの周りに人気はない。


 そこに、シノが一人で音もなく近づいてきた。黒い髪が景色に溶けてしまいそうなシノ。着ている紫の装束は、炎の色で多少明るくなっている。


「シノですか」


 ローエンは一瞬顔をシノの方に向けただけで、また炎の方を見つめた。


「何故街を作る?」


 シノはローエンの隣まで来て、丸太に腰掛けた。二人が並ぶ形になる。


「差別のない街が必要なのです。私は奴隷だった」


「差別」


 シノは呟いて考え込んでいる。


「それは出来ないだろうな。どんなに平和でも差別は生まれる。そこに住む人間の意思が、そうさせるんだ。動けば優秀。動かなければ無能。努力した人間は努力しない人間より価値があり、そこに格差は必ず生まれる」


「正しい」


 格差を知るローエンは頷いた。


「わかっているなら、何故、無駄なことをしようとする?弱い者は自分の運命から逃れられない。ローエン、奴隷の身分だったと言ったが……変えられるのは自分だけだよ。僕にはわかる。色々な人間や土地を見てきてたから」


「それでもやらなければならない。奴隷のまま死んでいった仲間たちは、悪いことはしていなかった。ただ運命に流された、悲しい仲間たちです。私は幸いにも、奴隷の身分から脱することができた。それはきっと使命のためなのです。だからやらなければならない」


「無意味だ。人間は誰かを下に見ないと生きられない生き物だ」


「やってみなければわからない」


 ローエンの赤い瞳が、シノを再び捉えた。

 シノは肩を竦めた。


「終わらない話だね。わかったよ。酒、飲まないの?」


 シノは左手に酒瓶を握っている。


「シノは飲める年齢なのですか?」


「……馬鹿にしてんの?」


 シノは笑顔でいった。

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