18話 君、大丈夫?

「顔を上げな。わかったよ、わかった。君は不幸な人間なんだな。少し話そうか。皇帝の棺の情報を私は持っているよ」


「本当ですか!?」


 エリックが涙ながらにクイナの言葉に食いついた。


「そう、私は……皇帝の棺を見たことがあるからね」


「え?」


 エリックに衝撃が走る。すぐには理解が追いつかない。


「あるのですね!?皇帝の棺はあるのですね!?」


「ある。だが、タダで情報を渡すほど私はお人好しじゃない。生きているとね、色々やらなきゃいけないことがあるんだ」


「なんでもします!!教えて下さい!!」


 エリックは頭を下げた。ある。目の前に、クスハを救う道の入り口がある。


「行動派と穏健派のことは知っているよね?」


「はい」


「決闘のことは?」


「知っています。五人で一人ずつ戦うと」


「それなら話は早い。シノが見込んだ戦士だ。強いんだろ?力を貸してほしい。本来は、シノが決闘に勝って、それで終わりのはずだった。だが、戦う人数が増えちまった。それなりに戦える人物が穏健派にもいるが、シノと比べたら全然弱い。シノは必ず勝つ。だから、あと二人勝ってくれれば穏健派の勝ちになる。君たち二人が勝ってくれれば」


「勝てば、皇帝の棺の在処を教えてくれるのですか?」


「昔見つけた場所、という話だけだがね。参考にはなると思うよ」


「決闘に出ます」


 エリックは即断した。一瞬だった。クスハが死んでしまう前に。砂時計は今も流れ続けている。砂が下に落ちきってしまうその前に。

 ローエンは黙っていたが、エリックの方を向いて頷いた。


「助かるよ。礼を言う」


 クイナは頭を下げた。そして、シノの方を見た。


「シノ、三人で勝ってくれ。ヴァルゴはとんでもない馬鹿だと思うが、約束は破らない。決闘にさえ勝てば、大人しく身を引くだろう。男ってやつは、誇りとやらは重視するからね。そうすれば、わざわざ住み慣れた土地を離れずに住む。確かに、他の都は輝いて見える。だが、それは隣の芝は青いってやつだ。身の丈にあった自然体で過ごすのが一番なんだ。一部の移動できない老人や弱ったものを見捨ててまで移住しようなんてのは、許されないんだ」


「必ず勝ってみせます。誓います」


 シノは頭を下げた。



 シノは小さい少女に見えるが、齢は二十である。幼い頃に両親を亡くした。両親から教えられたのは、人殺しの技術と、両親に都合の良いように動く術だけ。両親はシノを道具として扱っていたし、両親の期待に応えるのが本望だとシノは思っていた。


 しかし、彼女は両親を亡くし、目標を見失った。彼女は、両手に花束でもなく、食料でもなく、ナイフを持って生きてきた。砂の都ノーバイドに、旅をしながら立ち寄るまでは、殺気を身に纏う死神だった。孤独で、孤独を抜け出す気も無くて、世界は色褪せて、何もかも無意味だった。誰もシノのことなど気にしなかった。彼女は、道端に捨てられていた残飯を手にとって食べたときも、涙すら出なかった。


 そんなシノは、砂の都でクイナに出会った。クイナは初めて会ったシノを見て、思ったものだった。ボロボロの服を着ていて可哀想だと。この少女はなんなのだろうかと。


 クイナは特別なことはしなかった。ただ、シノという少女を一人の人間とみなし、本心で声をかけたのだ。


「君、大丈夫?」


「大丈夫とは……?」


「服がボロボロじゃないか。お腹も空いているんじゃないか?女の子がそんなんじゃいけないよ」


 快活に笑いながらクイナは言ったものだった。

 シノはその場で、下を向いて立ち尽くした。

 何故か、涙がこぼれてしまって、涙の理由がわからなかった。

 両親から、大丈夫という言葉を聞いたことはあっただろうか。

 服がボロボロなことを気にかけてくれる人が、いただろうか。

 食料のことを考えてくれる人が、いただろうか。

 女の子扱いしてくれる人が、いただろうか。

 限界まで自分を追い詰め、そして追い詰められていたシノ。


「私は!!私はゴミなんです!!」


「泣くな泣くな。話くらいなら聞いてやるよ。さ、パンでも食べに行こうじゃないか」


 クイナは、シノの右手を引っ張った。シノはその手の暖かさを感じ、その時のシノは、間違いなく一人の少女であった。


 クイナと沢山の話をしたシノ。そして、シノはクイナに仕えようという決心をした。

 なんでもやる覚悟だった。クイナのためなら、どんな努力でもすると鍛錬に励んだ。今では、クイナの一番信頼のおける部下としてシノは存在している。

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