16話 穏健派の長クイナ
テントの右手奥の方に、暗がりがあった。どうやらそこが、奥の方まで繋がっているようだ。エリックが上を見上げると、とても天井が高い。大きな柱がテントを支えているようだ。しかし、何故テントが居住区なのだろうかと彼は思う。煉瓦造りの建物でも良さそうなものだ。行動派がテントを突き破ってきたら、どうするつもりなのだろうか。そこまでの暴挙には出ないのだろうか。
シノは右手奥の暗がりの方に向かっている。エリックの見た限り、シノは見ただけではただの少女だ。20歳程度か、それ以下か。自分と比べれば背も低い。黒い髪に紫の装束というその姿からは、先程見たような強さは想像出来なかった。
シノが何を考えているのかは、なんとなくわかった。自分とローエンを連れているということは、仲間になって戦ってほしいということだろう。五対五の決闘。エリックとローエンが一回ずつ勝って、シノが一回勝てば、三回勝利で穏健派の勝ち、ということだろう。
強者同士で無ければわからないことがある。
エリックとローエンはシノが只者ではないことがわかったし、シノはエリックとローエンの佇まいから二人を強いと判断した。
だがしかし、エリックとローエンは奥の手を見せていない。
暗がりの道の先には、大きいスペースがあった。あれだけ大きなテントなのだから当然だが、とても開放感のある空間だったので、エリックは驚いた。その空間に中にいたのは、たった一人だけ。水色の長髪をした女性だった。その女性の青い瞳が、シノを見つめていた。黄色い民族衣装のような服を身にまとい、座布団にあぐらをかいて座っていた。彼女の背後に、大きな赤い扇が見えた。おそらく、この長髪の女性がクイナなのだろうと、エリックは思った。
「クイナ様、視察から帰りました」
膝を曲げて座り、クイナに頭を下げるシノ。その動きは、もう何百回も繰り返されたかのように、滑らかだった。
「ご苦労、シノ。頭を上げな。成果はその二人かい?」
クイナが、エリックとローエンを値踏みするような目で見つめた。細い目だ。そして、鋭い目だ。
「はい。おそらく、強者かと思います。街の視察に行きましたが、成果は得られず。帰る時にこの人物たちと遭遇しました。旅人だと言っています」
シノは背筋を伸ばし立ち上がっていた。エリックが一歩前に出る。
「エリックと申します。旅の者です。クイナ様にお聞きしたいことがあって、やってきたのです」
「なんだ?」
「皇帝の棺がどこにあるのか知りたいのです」
エリックは力強くいった。どこか心に刺さるかのような、気持ちの入った声だった。
それを聞いたクイナの表情が固まる。シノもエリックの方を振り返った。
「シノ、お前は見る目がないな。こんな旅人を連れてきてどうするんだ」
クイナはやれやれ、といった様子で首を振った。
「何か、知っているのですね!?」
「知っているとも。思い出したくないほどにね。あれを狙う連中はイカれているよ。どうせ、財宝が欲しいとか、不老不死の力が欲しいとか、そういうことだろ」
「私はローエンです。財宝を欲しいと願ってはいけませんか?」
ローエンは割って入り、一歩前に出た。真剣な表情だった。純粋な願いだった。決意の言葉だった。
クイナはローエンの言葉に真に迫ったものを感じ、真顔でローエンを見つめた。
「大きすぎる富は身を滅ぼす」
「その富が必要なのです。私は差別のない街を作るのです。作らなければならないのです。私は死んでいった仲間たちの上に立っています」
「差別のない……自分のためではなく、他人のためにか?」
「そうです」
「他人のために動く自分を見つけて満足したいんじゃないのか?」
「街を作らなければなりません」
「どんな街を作っても、いずれ終わりが来る。他人のためだとしても」
「作らなければなりません」
ローエンは微動だにしなかった。クイナは、ローエンを評価した。利己的な人間ではないと。エリックは……。
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