第四章 影の少女シノ
14話 避けられぬ決闘
エリックとローエンは歩いて、穏健派の白く多いテントまで辿り着いた。遠目にはわからなかったが、やはり近くにしてみるとかなり大きい。見上げなければ天辺が見えない。一体、どうやってこのテントは支えられているのだろうか。きっと、腕の良いものが組み立てたのだろう。建物を作るには知恵が必要だ。
テントの入り口の前で、顔にマスクをした男が、椅子に座って腕を組んでいた。表情はわからないが、鋭い目で辺りを見回していた。そして、その視線はエリック達を捉えた。しかし、男は動かない。
エリック達も男の視線を感じていた。テントの前に居座っているのだから、穏健派の関係者に違いないと予想した。臆していても仕方がないので、エリック達はマスクの男へと近づいた。言葉が届く距離まで。そうすると、相手が話しかけてきた。
「見ない顔だな。お前たちは何者だ?」
「旅の者です。穏健派の長、クイナに会いに来ました。俺たちはこの都に来たばかりです。行動派と穏健派が争っているという話は聞きました。クイナに質問があるのです」
「様をつけろ。クイナ様だ。それに、質問だかなんだか知らんが、素性の知れない者をクイナ様に合わせるわけにはいかない。お前たちは、自分の家に『話がしたいんです』と訪問してきた人間を家の中に入れるか?入れないだろう?そうであるように、お前たちを中に入れる道理はない」
マスクの男は淡々と語った。どこか敵視されているかのようにも思える。
エリックは思案した。確かに男の言う通りだったからだ。クイナに情報を求めながらも、エリック達は何も与えるものがない。それに素性も知れない。何かクイナにとって得がなければならない。
「どうしたら、中に入れてもらえますか?」
「どうしたら、か。我々は仲間には寛容だ。旅人よ、穏健派のために力を貸すというのであれば、中に入っても構わない。お前たちは、戦えるか?強いのか?」
「穏健派に入る、ですか。しかし、何故俺たちの強さを尋ねるのですか?血を流して戦っているのですか?」
「違う。血を流さないために、実力のある戦士が必要なのだ。行動派と穏健派の争いも、ヴァルゴとクイナ様の話し合いで、ようやく終わりの道が見えてきたのだ。争いを終わらせる条件がようやく決まったのだ」
「それは?」
「穏健派に協力するか?」
「その条件というのを教えてもらわなければ、返事は出来ません」
「そうか……。その通りだな。ならば教えよう……決闘があるのだ。多くの人々が争うのを、クイナ様は良しとしなかった。しかし、どこかで決着をつけなければならない。だからクイナ様はヴァルゴに、決闘で勝った側がノーバイドの未来を決めようと申し出た。ヴァルゴは断れない性格だ。常に強気で、強者でなければ気が済まない。ヴァルゴは逃げることなく、クイナ様の要求を飲んだ。それ故、決闘に勝てる強者を探さなければならない」
「お話はわかりました。しかし、すこし疑問ですね。勝てると見込んだから、決闘を申し出たのでは?実力のある戦士が必要だと言いましたね。穏健派の中に決闘に勝てる実力者がいないのは、おかしいのでは?」
疑問を呈したエリック。淡々と語っていたマスクの男は、エリックの言葉に頷いた。
「そうなのだ。誤算があった。クイナ様の狙いは一対一での決闘だったが、ヴァルゴは、人数を増やすと主張した。クイナ様は一対一に拘ったが、ヴァルゴは人数を増やすことを譲らなかった。そちらの主張だけ飲むのは都合が良すぎるだろうと、ヴァルゴは言ったのだ。クイナ様は決闘が白紙に戻れば、また争いが続き、街の民が不幸になると感じた。終わりなき争いに終止符を打つために覚悟したのだ」
マスクの男はため息をついた。街のことを憂いたため息かもしれない。
「なるほど。それで、決闘は何人で行うのですか?人数が増えたと言いましたが、百人くらいですか?」
エリックの隣で黙っていたローエンが質問した。肝心な所である。規模が百人であった場合、エリックとローエンが助けに入ったところで、乱戦を防げるのかは疑問だったからだ。
「五人だ。五人チームで一人ずつ戦って、勝ち星の多い方が勝者となる。つまり三人勝てばいい。相手が地面に倒れたら勝ちとなる。相手を殺してはいけない」
「五人」
エリックが呟いた。想像よりも多くない。詳しい情報を聞けば、力になれるかもしれない。その対価に、皇帝の棺の情報を教えてくれるかもしれない。しかし、どうやって自分たちの実力を証明すればいいのかが、疑問だった。ローエンは強い。戦ってみたエリックにはわかる。エリックも腕には自信があった。
「どうしますか、エリック?」
「クイナ、いや、クイナ様と話してみないと方針は決まらないな。思想も人物もわからない。しかし、理解するには中に入らなくては……」
相談するエリックとローエン。二人は気づいていなかった。後方の建物に隠れて、二人を見つめていた両の黒い瞳があることに。
「戦う自信がなければ去れ。我々は平和主義だが、今求めているのは力のある戦士」
マスクの男は突き放すように言った。
その時、後方の建物に隠れていた人物が、エリック達の元へやってきた。エリック達は驚いた。驚いたのは、接近する気配がまったくなかったことである。咄嗟に、身構えてしまったほどだ。戦う体制を咄嗟に取ったエリックとローエン。急速な接近への対処のために。
接近してきたのは背の低い少女だった。短く切り揃えられた黒髪に、黒い瞳。着ている紫色の装束と相まって、どこか異国の雰囲気を感じさせた。肌は白いが、どこか影のある表情だった。鼻筋は綺麗に通っている。少女は音もなくエリック達に接近することに成功し、マスクの男にむけて言った。言い放った。
「こいつら強いよ。間違いない」
「シノ様、いつの間に……この旅人達を知っているのですか?」
「いや、初めて会った」
「では、何故強いとわかるのですか?」
「僕の言葉が信用出来ない?」
「い、いえ、とんでもありません!信じます!シノ様が言うのであれば。強いのであれば、欲しい人材です」
マスクの男は立ち上がっていた。エリックとローエンは、険しい表情で少女を見つめている。マスクの男が言う所では、シノというらしい。少女の発言力は大きいように見受けられた。少なとも有象無象の人物ではない。
「あなたは……?」
「先に名を名乗るのが礼儀だと思う」
「失礼。俺はエリックといいます。こちらはローエン」
「把握した。僕はシノ。君たち、動きが手練だね。クイナ様に会いたい?」
「会いたいです」
「中に入ろう」
そういうと、シノはマスクの男の隣を通り抜け、テントの中へと入って行こうとした。それを見たマスクの男は躊躇った。
「シノ様、しかし……クイナ様から入り口を守れと言われております」
「僕が許す。それではダメ?」
「は、はい。わかりました。エリックにローエン、中に入るといい」
マスクの男はエリックとローエンに道を譲った。やはり、シノというこの少女は発言力があるようだ。
エリックとローエンはその時、奇しくもまったく同じことを考えていた。
今、シノに不意打ちされていたら死んでいたかもしれない。
シノは、エリックとローエンは強いといった。それに対して、エリックとローエンの評価も、シノは間違いなく強い人物だということだった。
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