第49話 次善 〜ICTの活用〜

 ローレライ王国の介護が魔法まほうたよるのはまだまだ先の未来みらい——。


 おおいに期待きたいしていたから、今すぐちからりれないとわかってショックだった。だけど、ないものいつまでもしがっても仕方しかたがない。今は、この手にあるものだけで、っていくしかないんだ。


 背中せなかが、くの字にがったウミに、ぼくは精一杯せいいっぱい穏和おんわに言った。

「ウミ、そんなにむことないんだよ。魔法を活用かつようするという選択せんたくがベストだったかもしれないけれど、日本がやっているような情報通信じょうほうつうしん技術ぎじゅつだってベターさ」


「じ……じ……情報通信……?」

 涙目なみだめのまま、ぼくのほうなおるウミ。しおらしい彼女も、エゲつないくらい可愛い。ベストオブえだ。


 一方いっぽう、ココム教育大臣きょういくだいじんは、目の前で誰がどうしていようとも、どこか気怠けだるそうだ……と思っていたら。


 ステッキをブンブンとって、

「イコテデ、ヒーコー、ンブンニンサ」

 と口にした。

 すると……テーブルの上に突然、三人分のティーカップが!


「お、おうふ……」「えっ……」

 おどろきの声をらすぼくとウミを横目よこめに、ココム教育大臣はカップの中に入ったなぞの黒い液体えきたい一口ひとくち。そして、中空ちゅうくう目線めせん彷徨さまよわせながら言った。

「リクくん、コーヒーはきらいかしら?」


 コーヒーは好きだけれど……。ま、まさか、この黒い液体って……。

 ぼくは、かぶりを振ってから、おびえながらも液体を口にした。

 このにがさ、鼻腔びくうまでとど独特どくとくかおり、そして脳内のうないのもやが霧散むさんしていく感覚かんかく……。間違まちがいない、コーヒーだ。

「ローレライ王国にもコーヒーが存在そんざいするなんて……びっくりしましたよ」


「私は知っていたわよ、日本にもコーヒーがあること。こー見えて勉強熱心べんきょうねっしんなのよね、私。ほんと、われながら感心かんしんするわ」


「日本の介護のこともご存知ぞんじでしたし、お世辞せじきにして、ココム教育大臣の勤勉きんべんさは尊敬そんけいあたいしますよ」


「いやー、それほどでも……あるか。あははははは! ……いやいや、まあジョークはこのへんにして……王女様もんで飲んで、飲まなきゃやってらんないわよ?」


 その台詞せりふだとみょうにアルコール感が出るけれど、やはりティーカップの中身なかみはコーヒーだ。

 でも確かに、思考しこう明瞭めいりょうにさせてくれるこの飲み物は、今のウミにぴったりかもしれない。


 依然いぜんとして、しょんぼりと元気のないウミに、ぼくは彼女の分のカップを手に取って、し出した。


「ほら。せっかくだし、どうかな?」


 子犬こいぬのようなくりくりとしたひとみは、しばらくテーブルに向けられたままだったけれど、徐々じょじょにスライドしていって、ついにはコーヒーに釘付くぎづけになる。

「……ありがとうございます」


 ひかえめにうなずいてから、ウミはコーヒーを一気にあおった。

 ぼくは、尋常じんじょうじゃない様子のウミにく。

「だ、大丈夫?」


「ほど良く苦くて美味しいです」


「それコーヒーだし」

 当たり前のことを言うウミに、そくツッコミを入れる魔女ウィッチさん。

 それがおかしかったのか、ウミはくすくすと笑う。


 少しはやる気スイッチが入ったかな、と思っていると。


「リクさん、情報通信何とかについて教えてください!」

 ウミらしく溌剌はつらつと言った。


 ぼくはもちろん、こう返す。

「りょーかい!」


 あ、でも。


「情報通信何とか、ではなくて、情報通信技術だよ!」


 ぼくが付け足すようにそう言うと、さらに付け足すように、

「またの名をICTアイシーティーとも言うわね。Information and Communication Technologyのりゃくだったかしら」

 と淡々たんたんと言ってみせるココム教育大臣。



 ええ……日本の介護にくわしすぎじゃない……? この人、一体いったい何者なんだ……。

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