第36話 曖昧 〜フォローの練習はお早めに〜

 ガチャ。


 来客らいきゃくスペースのとびらが開かれ、人狼さんこと、スワオンさんが入ってくる。その極太ごくぶとうでの中には紙束かみたばがあった。

 ぼくは、ペーパーを半分受け取り、テーブルに置く。それに続くようにして、スワオンさんもドサッと紙を置いた。


 スワオンさんは、椅子いすに腰かけると、束の中から紙を一枚手にする。そして、その紙をざっと見て、ぼくらの前にし出してきた。

「これがサービスの計画をしるした帳票ちょうひょうです」


「ほー」「へー」

 ぼくとウミは、提示ていじされた紙を、のぞむようにして見た。


 どれどれ。


○基本情報

 ご利用者名:ハビット・レンジ様

 性別:男性

 生年月日:××××年××月××日 89歳

 住所じゅうしょ:ローレライ王国 西地区にしちくB-8-1

 備考びこう:身寄みよりがない、一人らし。半年前の骨折こっせつをきっかけに、足腰あしこしよわくなり、一人では買い物に行けなくなった。


○サービスの計画と内容

 サービス内容:毎日一回訪問して、一緒に買い物をしに行く。

 目標もくひょう:安心安全あんしんあんぜんに買い物に行けるようになる。



 ……ああ……うーん……そうか。


 感想かんそうべようとすると、ウミがケモ耳をピンピン動かしながら先に発言はつげんした。

「良いじゃないですかこれ! 目標もくひょうも書いていますし! すっごくわかりやすいと思いますよ!」


「あ、ありがとうございます」


 そう言ってスワオンさんは会釈えしゃくをする。


 ここでぼくも賞賛しょうさんすれば話は早い。だけど、かりにも介護にたずさわっていた人間として、それはできない。

 ウミがめた手前てまえわるいけれど。

「……それで、サービス内容の見直しはどうしてるんですか?」


「それは……要望ようぼうがあれば、いつでも対応たいおうを——」


「良くない。良くないですね。確かにご利用者の声もお聞きして、サービス内容を柔軟じゅうなんに変えることは大切です。……大切ですが、それだけじゃ良くない。サービスを行う最中さなかに見るんです、声かけをして聞き出すんです、ご利用者の健康状態けんこうじょうたいを」


「サービス中に、ですか……なるほど……」


「それにこの計画自体、単刀直入たんとうちょくにゅうに言って微妙びみょうですね。ご利用者の気持ちがわからないし、目標に『安心安全』という曖昧あいまいな言葉が使われている。それがいつまでを目処めどにした目標もくひょうなのかも書かれていない。細かいことを言えばきりがないですが、この杜撰ずさんな計画では、適切てきせつなケアはできませんね」


「……」


 スワオンさんからの返事がなくなって初めて、ぼくはハッとした。

 良くない良くないと否定ひていばかりする、ぼくも良くないじゃないか! ついつい言いすぎてしまった……。


 笑顔がトレードマークのウミちゃんさえ、苦笑くしょうしている。


 ま、まずい。何か、フォローの言葉を。


「えっとですね……まあ……うん……うんって感じです……」


 フォロー下手すぎるだろぉぉおおおおっ!!


 ってか、フォローにすらなってねえだろぉぉおおおおっ!!

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