第34話 心得 〜普段から本気を出すべしっ!〜

 ご利用者のご自宅じたくにお邪魔じゃまして行う介護サービスのことを、日本では訪問介護ほうもんかいごと言う。

 訪問介護にはいくつかの鉄則てっそくがあるのだけれど、そのうちの一つに、『現状復帰げんじょうふっき』という言葉がある。現状復帰とは、もと状態じょうたいもどすことをす。つまり、『ご利用者のご自宅にある物品ぶっぴんを動かしたら、退室時たいしつじには、必ず元の場所に戻さないといけない』ということだ。


 現状復帰は、地味じみ作業さぎょうだ。でも、それがご利用者の生活スペースにる者のマナーである。


 だからぼくは、社員のゴブリンさんとドワーフさんに協力きょうりょく要請ようせいした。

「まずは事業所じぎょうしょ掃除そうじをしてくださいっ! 自分の事業所の現状復帰ができない介護士には、ご利用者のご自宅でもできません!」

 この言葉は、ぼくが働いていた会社で、上司じょうしから口酸くちすっぱく言われていた言葉でもある。普段ふだんから本気を出していない者には、本番ほんばんになって急に本気を発揮はっきできることはない。どんなこともそうだ。


 ……というわけで、ぼくとウミ、それに人狼じんろうのスワオンさんは、休養室きゅうようしつとなりにある、来客らいきゃくスペースで、丸テーブルをかこんでいた。

 来客スペースとはばかりで、やはりこの場所にもほこり散見さんけんされるし、まどもほとんどくろで、観葉植物かんようしょくぶつらしきものも肥料ひりょう水分すいぶん枯渇こかつしているのか、悲しく下を向いている。


 ぼくが周囲しゅうい観察かんさつしていると、ウミから話が切り出された。

「スワオンさん。この事業所の現状を教えてくれませんか?」


 スワオンさんは、毛がモサモサのほおく。

「わかりました。では、お金の話から……もう何年なんねん赤字あかじです。当然、借金しゃっきん膨大ぼうだいがくで、返済へんさい目処めどが立たないほどです」


「その理由は何でしょう?」


「介護料金が高いと言われて、そもそも契約けいやくを取ってくることすら困難こんなんなのです。それに……」

 うつむいて、言葉をにごすスワオンさん。


 何が問題もんだいなのか、それをはっきりさせておかないと、正しいアプローチができない。


 ぼくは、スワオンさんのひとみとらえて言った。

「言ってください、スワオンさん」


 スワオンさんの目が見開く。そして、すぐにいつもの瞳に戻り、深く息を吐いた。

「介護技術ぎじゅつ向上こうじょうしないのです……」


 その言葉に、ぼくは小さく首肯しゅこうした。何となくそんな気がしていたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る