第33話 諦観 〜何の意味があるんだよ〜

 しゅんとかたを落とすスワオンさんに、ウミはなだめるように言った。


「とりあえず、話をしませんか? 話せばきっと、たがいに理解りかいし合えると思うのです」


 スワオンさんは、向日葵ひまわりのように明るく美しいウミを見ることなく、そっけのない返事へんじをした。

「ウミ様。理解して、どうなるのですか……。理解して、うちの事業所じぎょうしょが上手くいくのですか。……。理解して、介護界は……変わるのですか……」


 スワオンさんのその言葉で、オフィスにいる社員しゃいんたちが、いっせいにこちらをいた。ウミもスワオンさんも彼らの方を見なかったけれど、ただ一人、ぼくだけは彼らの表情を、目を、見ていた。

 そして、気付いた。んなのひとみを見て気付いた。心から、この国の介護が良くなることをのぞんでいるのだと。心から、この事業所の成功せいこういのっているのだと。


 ぼくは、ウミよりも一歩前に出た。気持ちも、一歩前にみ出した。

「変えます。この事業所も、他の事業所も、介護も、全て変えます。ぼくが、約束やくそくします」


 当然と言えば当然だけれど、こんなこと、同業者どうぎょうしゃにも言ったことがなかった。ぼくが変えたくても、その会社かいしゃにはその会社なりの方針ほうしんというものがあるからだ。だからぼくは、ぼくの介護事業所を開設かいせつしたかったんだ。

 でももう、立場たちばちがう。この世界では、別の形で、介護界にアプローチしてみせる……!


 スワオンさんは、だまっていた。けれど、ただ黙っていたわけじゃない。肩を小刻こきざみにふるわせているのだ。

 透明とうめいじずくが、ほおつたって、ベッドに落ちる。


 ぼくは待った。ウミも待った。どれくらいだろう。沈黙ちんもくは長かった。


 そして、ついに。

「……信じて……良いんだな?」

 そのいはもちろん、愚問ぐもんというやつだ。


 ぼくとウミは、大きくうなずいてから、スワオンさんに向けて親指おやゆびを立ててみせた。


「もちろん!」「もちろんですっ!!」


 ぼくらが声をそろえて言うと、スワオンさんは「わかった」と言ってひかえめな笑顔を見せた。


 ふーっ。


 ようやく話ができる、と胸をろしていると……。


 パチパチパチパチ。


 いつの間にか休憩室きゅうけいしつに入ってきていた社員さんたちが、拍手はくしゅをしてくれたのだ。


 ……。


 ……。


 ……心が……心が、ポカポカする……。


 ありがたい。いまだかつて、こんなにもありがたいことがあっただろうか……。


 ぼくは。ぼくは絶対、


 この方々のためにも、介護改革かいごかいかくげてみせる……!!!!

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