第31話 空手 ~ここで活きるか習いごと~

 人狼じんろうさんの右のパンチが、ウミを目がけておそいかかる。


 ぼくは、咄嗟とっさにウミの前に立ち、両腕りょううでで顔をおおうようにしてガードをかためる。


 ドンッ!!


 パンチがガードに当たり、にぶい音がした。


 わなわなするウミ。目が本気な人狼さん。


 ぼくは、手でウミをせいしてさけぶように言った。

「下がって!」


「は、はいっ!」


 ふーっ。


 ウミが下がってくれたおかげで、ぼくは冷静れいせいさを取り戻していく。


 視界しかいすみうつ従業員じゅうぎょういんは、人狼さんを止めにかかることもなく、ただただぼくらを傍観ぼうかんしている。


 ギロッ!!!

 人狼さんの鋭利えいり眼光がんこうで、空気が一気にひりつく。

「お前、リクとか言ったな」


「ええ」


介護革命かいごかくめいだったか? よそもののお前に何ができるってんだ」


 荒々あらあらしい口調くちょうで言う人狼さん。


 それでもぼくは、こう答えるしかない。

「ぼくが、介護の仕組しくみを変えます。介護の労働環境ろうどうかんきょうを変えます。介護のサービスの質を変えます。介護を変えて、この国を変えます」


「ハッハッハッ。……面白おもしれこと言うな坊主ぼうず。なら、変えてみろよ。今すぐにでも変えてみろよ。ほら、早く!!」


不可能ふかのうです。今すぐ変えれるなら、とっくに変わってますよ」


「てめえ、馬鹿ばかにしてんのかっ!!!」


 ふたたび、人狼さんはなぐりかかってきた。今度の標的ターゲットは、もちろんぼく。


 右の大振おおぶりのパンチ。残念ざんねんながら、ぼくには見える。ビビりもしない。


 スッ——。


 バックステップでパンチをかわすぼく。

 こちらの余裕よゆうあたまにきたのか、さらに殴りかかってきた。

 またしても右の大振りパンチ。素人同士しろうとどうし喧嘩けんかなら、それも良いのだろう。けれど、空手からてならっていたぼくにとっては、この程度ていど攻撃こうげきなら問題ない。

 問題なのはこれ以上あばれられることだ。たがいにかなければ、まともに話すらできない。


 右のパンチにたいし、左にしずむようなステップで躱して、そこから左ジャブをねらう。本来ほんらい、ジャブで相手をたおすことはできないが、それは対選手たいせんしゅの話。素人なら話は別だ。


 スパンッ!!


 左ジャブは狙い通りヒットして、人狼さんはほこりまみれのゆかにぶっ倒れた。

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