第25話 声明 〜国民の声を第一に〜

 み出せば、振り返っても、もう後戻あともどりすることはできない。でも、踏み出さなければ、変わらない。


 ぼくらが今、尊重そんちょうすべきは何か。


 ふと、ぼくはウミの顔を見た。上品じょつひんさがあって、だけれどおさなさもあって……。

 ウミは、ぼくのことをタイプと言ってくれたけれど、ぼくだってそう。ウミみたいな子がタイプで、好きだ。

 これから、色んなことをしたい。本当、何でもしたい。

 ねがわくば、子どもだってほしい。それはきっと、まだまだ先になるだろうけれど。

 ウミ。ぼくは、人生の最期さいごまで、キミといたい。高齢こうれいでも、元気に笑いたい。笑い合いたい。


 普通ふつうで良い。

 平凡へいぼんで良い。

 平坦へいたんで良い。


 普通に、平凡に、平坦に、長く楽しく生きられる国にする。それを当たり前にするには、介護を変えるしかない。

 介護に従事じゅうじしていた者として、そう思うんだ。


 ぼくは、最後の確認をする。

「ケラルラ厚生労働こうせいろうどう大臣だいじん。国民はどう思っているのでしょうか、何か意見は届いていませんか?」


 くと、ケラルラ厚生労働大臣は、背の羽をパタパタと動かしながら、躊躇ためらじりに言った。

「それは……はい、確かに、多くせられています」


 それならそうと、どうしてウミやヴィシュヌさんに報告ほうこくしなかったのだろうか。


 ウミは、なやむぼくをよそに、単刀直入たんとうちょくにゅうに問いただす。

「何故、言ってくれなかったのですか? どのような声が寄せられているのですか?」


「うーんと、えーっと、それは……」


「はっきりお願いします」


 いたって冷静な様子で言うウミ。怒鳴どなっても仕方がないと思っているのだろう。けれど、ケラルラ厚生労働大臣はおびえているようだった。……ぼくなら、ウミに怒られても、逆に嬉しいけれど。


「国民からは、介護料金が高いから、介護サービスを使いたくても使えない、と。……で、でもっ! リクさんが考えられた妙案みょうあんには見劣みおとりしますが、私も介護業界ぎょうかいを変えるために色んな案をっていました! ただ、先ほど不可逆ふかぎゃくのお話もあったように、実行じっこうしたら、それなりに労力ろうりょくがかかってですね、後戻りもできないので——」


「話になりません……頭のてっぺんから足の爪先つまさきまで話になりませんね」


 流石のウミも、苛立いらだちをかくしきれない様子で、

「あなたは誰ですか。ローレライ王国の厚生労働大臣でしょう? この国を引っ張っていく一人でしょう? それなりの待遇たいぐうも受けているはずです、それなりの地位ちい名誉めいよあたえているはずです。それらは全て、あなたにそれなりの実績があって、信頼を寄せているからなのです」


 完全に沈黙ちんもくするケラルラ厚生労働大臣、完全に沈黙する会議室。

 それでもなお、ウミは続けた。しかし、口調はいつもの優しいものだった。

玉砕ぎょくさいするくらいド派手はでにお願いします。失敗した時は、この私が責任せきにんを持って現状復旧げんじょうふっきゅうします」


 ——これにて、この国でも、介護保険が本格的ほんかく始動しどうすることとなった。

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