第9話 本題 〜忘れた頃に〜

 女の子の部屋に入った高揚感こうようかんで忘れそうになっていたけれど、ぼくはまだ肝心かんじんなことを聞いていない。聞きそびれている。


『ローレライ王国の介護は、ようやく始まるのじゃ!』


 ヴィシュヌさんの言葉が、ぼくの脳裏のうりをよぎる——。


 そう、ぼくはまだ、この世界に来た理由を知らない。

 そしてそれはおそらく、『介護が始まる』という言葉に関係するのだろう。


 いたって一般的いっぱんてきなぼくだけれど、一つだけ一般的でない点がある。ぼくは、介護のプロフェッショナルであるところの介護福祉士かいごふくししの資格を持っているのだ。


 腹を決めて、ぼくはいた。訊くべきことを、訊いた。


「ウミ。どうしてぼくは、この世界に来たのかな。ローレライ王国の介護が何か関係しているのかな」


 そうなだめるように問うと、ウミはぼくから視線しせんらした。まるでうしろめたいことでもあるかのように。


「ローレライ王国は、深刻しんこく少子高齢化しょうしこうれいかに頭をなやまされています。介護をする者が少なく、介護を必要とする者が多いのです」


「……おどろいた。ぼくたちの国と同じじゃないか」


「そうですよね……。だからこそ……だからこそ、お呼びしたのです。だからこそ、リクさんが必要だったのです」


 誰かにたよられることはうれしい。それが、こんな美少女に必要とされているのだから、気持ちがたかぶらないわけがない。


 ……昂らないわけがない、けれど。


「でもっ! ……ぼくには、こんな広大こうだいな世界を変える力なんてないよ」


「そんな大それた力、なくたって良いんです。魔法にだって無理なんですよ、いち個人ができることはかぎられてますから」


 言いながら、ウミは気品きひんと優しさを宿やどした瞳で、ぼくをとらえた。


「まずは、この国の現状げんじょうを知っていただいて、それからできることを一つずつ、ともにやっていきたいのです」


 毛頭もうとう拒否きょひすることはないけれど、ウミの笑顔は、猫耳は、銀髪は、瞳は、誰だってことわることができないくらい、胸を打たれるような美麗びれいさがあった。

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