第3夜 街の現状


 ドクン......。


「ん? どうしたんだ明希也」


「もうちょい端に寄ろう。 ここは危ない」


 今日で4回目の予知が起こった。


 その予知を見た明希也は快斗にここから離れるようにと伝える。


(またきたか、あと2秒......1......0)


 次の瞬間、少し離れたところで、激しい衝突音がした。 耳が痛くなる。 しかもその音は体全体に広がっていく。 とても嫌な音だ。


 自分たちたちだけでなく、周りを歩いていた人たちの体にもその音と振動が伝わる気がした。

 その出来事に腰を抜かすして倒れる人、あまりの大きな音に思わず耳をふさぐ人、その他にも驚いていると分かる動作をする人が多く見える。 


 音のした方に目を向けると、2台のトラック同士がぶつり、その両方とも、ひどく損傷している。快斗の方は、口が開いたまま、事故が起こった場所をただ眺めている、という感じだ。


 とはいえ、俺たちは事故が起きた場所から離れていたので、少しだけ心に余裕を持って行動できた。


「そんなに派手にはぶつかってはいないはずだ」


「何で分かんの!? てかあれで激しく衝突してないのかよ!」


 先程まで顔をポカンとしていた快斗だったが、今度は明希也の言葉が信じられないという表情をする。


「何回もこういう事故が起こっているから衝突した時のトラックの様子とか音で、強さが分かるようになってたんだよ」


「なにその能力! 俺も欲しい!」


「バカ! お前だってこういう事故、何回も見てるだろ」


「いや、そんな冷静に状況を把握できないぜ普通。 俺なんて何回見ても慣れねぇよ。 でも、サンキューな明希也。 おかげで助かったぜ」


 予知のおかげで友人を助けることはできた。

 だけど、俺はその光景に慣れていく自分を少し怖くなった。


(予知もあるから慣れるのは早かったのか......)


 少しして、運転手がよろよろとトラックから出てくる。 大きなケガはしてないようだが、強い衝撃を受けてまだしっかりと歩けない様子だ。

 だが、運転手二人は弱っている顔をしていると思いきや、怒りの表情を作り、相手の運転手にお互いに近づいていていった。


「てめぇ、どこ見て運転してんだよ! せっかく修理してもらったルミナが壊れたらどうすんだ!」


「あぁ? ちゃんと前見てないのはお前だろ! こちとら娘が毎晩怯えてルミナをつけっぱなしにしてんだ。 夜までに充電を頼んだ所に取りに行かなくちゃいけねぇんだよ!」


 ぶつかりあったトラックの運転手二人はお互いの胸ぐらをつかみ合い、周りの目など気にせず、壊れたスピーカーのように相手を怒鳴りつけた。


「おいおい、自分のことしか頭にないのか、あいつらは!」


 彼らの横暴な振る舞いを見て呆れ果てる。


 (もうすぐ5時か......)


 そんな中、俺は自分の腕時計を確認する。


「夜じゃなくてもこの時間帯なら大人たちはみんなハラハラするだろうな。 ルミナが切れてる家ならなおさらだ」


 周りに目をやると、周囲の通行人はケンカをする2人を無視して足早に歩いていた。

 誰も面倒ごとには関わりたくないという感じで、ただチラッと事故が起きた場所を見るだけだ。 


(誰も止めないよな)


 明希也はそう思い、再びケンカ中のふたりに目を向ける。


「ん? よく見たら片方の人、お前の親戚の人じゃないか?」


 明希也は今にも殴り合いが始まりそうな二人を見てそれに気づいた。


「えぇ! あ......あ~違う違う、知らない人だよ......」


 なぜか事故が起きた場所とは反対の方を見ている快斗。いや、理由は大体見当がついていた。

いつの間にか、快斗との距離もさっきとは少しばかり離れているし、逃げるつもりだと思った俺は、快斗との距離を一気に詰めて――


「お前、もちろん止めるよな?」


 逃げなられないように快斗の肩を掴み、ニコっとした表情でそう言った。


「......でもよ明希也、あの人たち今の状況で話通じるとは思えないぞ。 面倒ごとにはあんまし関わらない方がいいって」


「そりゃそうだけど......」


 快斗に言われ、俺も言葉を詰まらせる。

 その隙を突くかのように快斗が提案してきた。


「あっ! お前代わりに止めてくんね?」


「ちょ! 待て待て! なんで俺になる!」


「あの有名な美奈みな先輩の弟ならこの状況もどうにかできるんじゃないかと思ってな~」


「ふざけんな! 俺は予知して疲れてんだよ。お前がやれ 」


「いやいや、口げんかできるほど元気有り余ってんじゃないかよ! そもそも俺たちじゃなくても――」


 どちらが止めるかで明希也たちの方も言い争いが始まってしまった。


「いい加減にしてください!」


 突然、女性の注意する声が聞こえ、体がビクンと反応する。

 声の主はあちら側の運転手ふたりを注意したようだった。


((びっくりした~  俺たちが注意されたかと思った))


 明希也たちはそう思い、自分が注意されたわけでは無いと分かり、安堵の息をもらす。


「誰だお前は! 話に割り込んでくんな!」


「関係ないやつはすっこんでろ!」


 トラックの運転手ふたりは注意した女性を、まるでハエのでも追い払うような感じでそう言う。 だが、女性の方は一歩も引こうとはしていなかった。


「何も分かってないわね! 全然、全く分かってない! 下手をすれば死人が出るところだったのよ! それはあなたたちと同じ家庭を持つ人たちかもしれないでしょ! いくら自分のことが心配であろうと周りの人を巻き込むのは最低だと思うわ! 大体、事故が起こってからもあなたたちは――」


 注意している女性は相手に反論させる余地を与えず、まるで口うるさい母親の様に説教を始めた。

 運転手二人も、その勢いに呑まれて言葉を詰まらせる。


「あれって......美奈先輩だよな?」


 快斗が注意している女性を見てそう聞いた。 


 肩まで掛った綺麗な黒髪で、背も高い。特徴的な喋り方をしていて、声を聞くだけでも顔が美人だと予想できる。


「さぁな、あんなやつ知らんわ」


「とぼけんなよぉ~  お前の自慢のお姉さんじゃないのかなぁ~?」


 顔をしかめた。とても嫌そうな表情を顔に浮かべる。

 その様子を見ても快斗はお構い無しに面白がり、問い詰めてきやがった。


(なんかさっきと立場が変わっちゃったんですけど!)


 明希也はそう思い、今度は歯を食いしばる。 誰が見ても分かる悔しい表情をして。


「あれ? 明希也じゃない? こんな所で会うなんて奇遇ね~」


 俺たちに気づいた姉の美奈が、大きく手を振りながら近づいてきた。


 美奈の後ろに映っているのは先程までケンカをしていた運転手たちだ。顔に反省の色を浮かべ、自分たちのトラックへ戻っていく様子であった。


「解決すんの早くねぇ!?」


 快斗は素早い事件の解決に目を丸くしていた。


「くそ、気づかれちまったか......」

(姉さんより先に帰って、夕飯作る計画が......)


 俺は頭を抱えた。

 姉の美奈は、とても料理が下手である。それも「超」という言葉が何度もかけ算をするほどに。

 もちろん、本人にその自覚はない。そのせいで俺は毎日、姉と台所での激しい闘いに身を投じなければならなかった。


「あら、快斗くんもいたのね。 いつも明希也と仲良くしてくれてありがとね~」


 隣にいた快斗に気づき、美奈は優しい声で礼を言う。


「あっ、いえいえそんな」という風に、快斗は美人な美奈を直視できず、目を少し逸らして、顔を火照らせていた。


「いや~ 大変な事故に合っちゃったね」


「でも先輩の力で解決しちゃったじゃないですか。 流石っすね」


「えへへ、まぁ~ね。 『これからトラックの修理をして家に戻る時間を考えてると、ここでケンカしてる場合じゃないかもよ?』 って言ったらふたりとも引いてくれたわ」


「そうか......ふたりを脅したんだな。 姉さんは」


 美奈の話を聞き、横目でそう言う。

 そんな俺の反応に美奈は右手の人差し指を立てて、それは間違いだと言わんばかりに左右に振った。


「違うわよ明希也~ 警告よ。 け・い・こ・く」


 快斗はそれを聞いて、耳打ちしてきた。


「先輩やっぱ怖いな」


「だろ? 怒るとめっちゃ怖いんだぜ。そりゃまるでシャドウのよ--」


「ふたりで何こそこそ話してるのかな?」


 耳打ちしているところを見られてふたりとも即座に会話を中断した。


「で......では先輩、俺は帰り道こっちなんで、ここで失礼します! 明希也もまた明日な!」


 快斗はこの場から逃げるようにして自分の家へ走っていった。


「快斗くんじゃあね~  それじゃあ、私たちも帰ろっか」


  やれやれと深くため息をつき、姉の言葉に頷いた。


「今日は私がご飯当番ね! 何作ろうかしら」


「えぇ! そうだっけ? お......俺が作るよ! 前も俺が作んないで姉さんに作らせちゃったし、姉さんは休んでなよ」


 美奈の言葉を聞いて慌ててそう言った。


「そうだっけ? でも大丈夫だって、今日は新しい調味料を試したいと思ってたのよ」


 美奈はスキップしながら今日の献立を考えているようだ。


 俺はなんとか姉の料理を止められないものかと思考を巡らせる。


「じゃあ、結衣ゆいは!? あいつの料理に試そうよ!」


 妹の名前を出し、姉の料理を阻止しようと試みる。


(妹は料理がうまい。 姉さんがメインで作ったからってそんなに不味くならないはずだ!)


「いいのいいの。 自分で作りたいの。 それともなに? 私の料理が嫌なの?」


 瞬間――謎の寒気がして、これ以上はもう姉の料理を断る事はできない――そう悟った。


「そそそそんなことないよ! 姉さんの料理楽しみだ......な......」


「どうしたの? 早く帰るよ」


「ん......あぁ。 今行くよ」


(見かけない顔だな。 遠くから来たのか。)


 すれ違った男が放つ不思議な雰囲気が少し気になったが、姉の声でまたすぐ帰り道に足を戻した。






 明希也とすれ違った男はもうすぐ日が落ちる外の街をまっすぐ歩いていく。 男は右のポケットが振動しているのに気づき、手を入れる。中から取り出したのは黒色の携帯。 慣れた手つきで画面を操作し、電話に出た。


「もしもし......はい私です。 今日も相変わらず平和ボケした町の住人たちが、無駄に生きてますよ」


「......--」


「心配しなくても大丈夫ですって、計画はうまくいきますよ。 あなたもここまでくるのに相当な覚悟を持って、私たちと協力しているんはずですよ?」


「......--」


「なら良いんです。 ですが、もし裏切ったりすれば......分かっていますよね?」


「......」


「分かれば良いんですよ。 それでは、よろしくお願いしますね」


 男は携帯を切り不気味な笑い顔を浮かべた。


「期待していますよ、しちょ~さん。 クハハハハ」

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