第2夜 いつものことだ

 

 ドクン......。


(あぁ......またか。 今日がこれで3度目だ。 あと3秒、2、1......0)


 ピロリロリン~♪


 誰かの携帯の着信音が教室中に響いた。


「こらぁ! 携帯鳴らしたのは誰ですか!」


 その音を聞いた先生が、犯人を見つけ出そうと教室中を見回す。


「せんせ~い。 こいつっすよ」

「何でバラすんだよ!」


 友達に携帯を鳴らしてしまったことをバラされた生徒は慌てふためく。

 先生はその生徒の方まで近づいていき、


「また君ですか! 高校2年生にもなってその体たらくはなんですか!」


 その怒鳴り声は教室中に響き渡った。

 同時に周りの生徒たちの笑い声も広がる。


 授業は6限目――

 これまでの授業の疲れなど感じさせないような、無邪気に笑う生徒たちの中で、携帯が鳴るのを知っていた谷原 明希也たにはら あきやは何の反応も見せず、黒板に書かれた文字をノートに写していた。


「次やったら没収ですよ!」

「す......すいませんでした」


(やっと説教が終わったか)


 先生は教卓の前に戻り、咳払いを一つしてから話し始める。


「えーみんなも知っている通り、学校側は緊急時に備えて携帯の持ち込みは許可を出しています。 不安で付けっ放しにする気持ちも分かりますが授業中ぐらいは電源を切っておいて下さい」


 注意を呼びかけ、授業再開の合図をして先生はチョークを持った。

 黒板に授業の続きの板書を書き始めると同時に説明を付け加えていく。


「シャドウとの全面戦争が終結して数十年が経ちました。 未だに襲撃があり、安心できない生活が続いてますが、対シャドウ軍事機関『ラディウス』に所属する『パージスト』と呼ばれる兵士たちの活躍で、少しずつ平和な世界へと進んできています」


 明希也は教科書に目を通した。



 ◆ ◇ ◇


 ――シャドウ対策軍事機関『ラディウス』――


[主な活動内容は、シャドウの捜索および、駆逐。また、シャドウにより、親族を失った者の生活の支援、身寄りを失った児童の保護や教育も行っている。十段階で階級制度が設けられており、それぞれの階級の能力に見合った称号、そして任務が与えられる。階級は下記に示す。]


 パージスト階級名と称号(低階級順に示す)


半天師ハーフズ』→訓練兵

天師エンジェルズ』→三等兵レベル

大天師アークズ』→二等兵レベル

権天師プリンシパリティズ』→一等兵レベル


能天豪パワーズ』→班長、副班長レベル

力天豪ヴァーチューズ』→隊長、副隊長レベル

主天豪ドミニオンズ』→中隊長、副中隊長レベル


座天卿スローンズ』→大隊長、副大隊長レベル

智天卿ケルブズ』→兵士長、軍隊長、副軍隊長レベル

熾天使セラフズ』→元帥、最高司令官レベル


 ◇ ◆ ◇


 さらに、『天師エンジェルズ』から『権天師プリンシパリティズ』までは、下級兵。『能天豪パワーズ』から、『主天豪ドミニオンズ』までが中級兵。『座天卿スローンズ』から『熾天使セラフズ』が上級兵と割り振られている。


 なお、シャドウの脅威度はC、B、A、SエスSSツーエスZゼータの五つのランクで表すが、C・Bが下級兵、A・Sが中級兵、SS・Zが上級兵に相当する形となっている。


 ◇ ◇ ◆



「ここで復習です。 対シャドウ用として創られ、今ではパージストの武器などにも幅広く活用されているエネルギーは? 分かった者は挙手してください。 まぁ、君たちには簡単だと思いますが」


 かなり簡単な問題、のはずであるが、誰ひとりとして手を上げようとはしなかった。

 生徒たちの大半がめんどくさいと言わんばかりに、周りに目をやり、誰かが答えるのを待っていたのだ。


 教室には沈黙が生まれ、気まずい雰囲気が漂う――。


「まったく......誰も答えないのなら......」


 沈黙にしびれを切らした先生は適当に生徒を当てて起立させ、問題の答えを要求した。


「あっ......はい! え~と、エネルギーの名前ですよね? ルミナです! ルミナ!」


 当てられた生徒はよそ見をしていて、質問を聞いていなかったのか、少し焦っていた。

 だが無事に答えることができ、着席の指示が出ると、その生徒は安堵の息を漏らしながら席に腰掛けた。


 その後に先生は、説明のために補足を加えていく。


「その通り。 人類は太陽の光が弱点であるシャドウに対して、太陽の光に近いエネルギーを開発し、それを武器として戦いました。 そして――」


 構成員の多くが兵士であるパージストだが、武器の改良・開発・整備、ルミナエネルギーの製造・管理を役目とする『エンジニア』という技術士がラディウスには存在する。

 パージストばかりが表立っていて、存在を忘れがちだが、これもパージストに負けず、シャドウとの戦いで重要な役割を担う存在だ。



 板書を写し終え、俺はペンを置いて教科書を眺める。授業の内容とは関係なくパラパラとページをめくり、何か面白いことが載っていないかと探していく。

 しかし、興味を引かれそうな部分は無さそうだ。というか、無いことは分かっていた。


それもそのはず。

高校入学して早々、配布されたこの教科書の内容を全て頭に叩き込んでしまったのだから......。


 ラディウスやシャドウに関する授業――総じて「シャドウ学」。


 高校からの必修科目であり、おれは数学や化学よりもシャドウに関する授業が楽しみだった。未だ解き明かされていない謎の多い人類の敵――その存在に興味をそそられ、教科書に穴のアナのあなが開くほど何度も目を通してやった。


――「シャドウ学」なら何度勉強しても飽きることはない!


そう思っていた時期が、懐かしく感じるほど、今の授業は退屈だった。


「......早く帰りたいなぁ」



高校に入って半年以上が過ぎた......。


暑い暑い夏の季節は通り過ぎ、今は10月。

やっと過ごしやすい気温になってきた。いや、快適過ぎてこの時間はいつも眠くなってしまうくらいか。


ふぁ~、っと自然にあくびが出る。


先生にバレないよう、口を手で隠しながら、今度は生徒たちの方を見る。


周りの生徒にとっては、初めて教わる知識......しかし、俺にとっては修了しており、授業内容は復習の復習の復習だ。

俺と同じ気持ちなのは、優秀な学級委員長か、学年1位の須藤ぐらいだろうな......。


(他の科目は1年ごとに教科書が変わるのに、これだけ3年間同じだなんて)


 こんなことになるなら、一年生の初めに教科書を読み漁ろうとはしなかったのに......と後悔する。



 先生はある程度説明し終わったところで時計を見て時間を確認した。

 残りの授業時間が少ないことを知ると、授業の切りが良かったのか、生徒たちに次回の授業の復習をするように言い残し、数分早く授業を終わらせた。


 生徒たちのほとんどは余った時間を友人との会話に費やしていたが、俺は特にすることもなく、窓の外を眺めた。


(人類の脅威である存在も、80ページ足らずの本でまとめられるほど、平和になったのかな)


 そんな皮肉を考えていると、授業終了のチャイムが鳴り響く。

 開いていた教科書を閉じ、1日最後の授業を受け終わったという達成感の余韻に、俺は少しの間浸った。




 その後、短いホームルームをして、下校時間になる。

 周りの生徒たちは、早々と下校をする準備をしていた。


「明希也~ 一緒に帰ろうぜ~」

「はいよ」


 同じクラスの友人、沢山快斗さわやま はやとに軽く返事をする。

 他の生徒たちがぞろぞろと教室から出て行くのに合わせて、俺たちも話をしながら教室を出る。


「彩華ちゃん、今日も来なかったな」


 快斗は出る前に教室中を見回した。

 いつもなら放課後は、幼馴染みの神志名彩華かしな あやかを加えた三人で、一緒に帰っている。


「あぁ、今日もバイトで来れなかったみたい」


「そっか、彩華ちゃんの家、俺らより大変そうだし、最近休むことも多くなったよな〜」


 彩華の家は、母子家庭。

 弟が2人、妹が1人、そして彩華と母親の5人家族だ。


 夜7時以降の外出は原則禁止なので、俺らも学校を休んでたまにバイトの時間を作り、お金を稼いでいる。


 だが、彩華の家では最近、母親が疲労で倒れたらしく、これまで以上に彩華は家のこと、家族のために行動するようになった。


「ところで、お前の方は大丈夫か? 今日は何回起きた?」


 廊下を歩いている他の生徒たちに聞こえないように、快斗が耳元で質問してきた。


「午前中に2回と、最後の授業中で起きたやつで合計3回だ」


「そうか、昨日が4回だからあと1回あるかもな」


「あんまり起こると具合が悪くなるし嫌なんだが」


 快斗はおれの奇妙な能力のことを知っている数少ない友人のひとりであり、聞いてきたのは未来予知が起こった回数のことだとすぐに分かった。


 しばらくして、学校の校門を出て俺たちは帰路についた。

 まだ太陽の光が指している帰り道を、会話しながらゆったりと歩いた。



 ■



 学校の帰り道をしばらく進むと大通りに入る。そこではシャドウに怯えて暮らしていたこの街の人々も、賑やかに過ごす様子から少しずつ平和が戻っているということを読み取ることができた。


「次のニュースです。 昨夜、シスト市内でシャドウの襲撃がありました。 交戦したパージストの情報によると襲撃してきたシャドウはこれまでのシャドウとは――」


 大きなビルに設置されている巨大なテレビからは女性のアナウンサーがニュースを伝えていた。画面に映りだしてきたのはシャドウと戦うパージストたちの姿だ。


「ヤツらのボスを倒して数十年たった今でも、襲撃が週に1~2回か......う~怖いねぇ」


 ニュースを聞いていた快斗がそう言った。

 とても白々しい感じが漂ってくる。


「なんか、余裕そうだなお前」


「そんなことないさ。 昔よりも襲撃の数は激減してることはお前だって知ってるだろ。 文句言ってると親がうるさいんだよ。『俺の若い頃は毎夜毎夜、シャドウの襲撃があってそりゃもう大変だったんだぞ』 ......ってな」


 シャドウには人型と寄生型、大きく分けて2種類ある。 その中でも寄生型のシャドウが夜の街を日々巡回し、人間に襲いかかってくるのだ。

 建物の中にも易々と入ることができ、決して建物の中が安全というわけではなかった。

 幸いその存在に自我はなく、知性は低い。だが凶暴性が強く、数が多い分、厄介なのだ。

 対処法はルミナさえあれば一般人でも容易に撃退できる。


 しかし、それと比べ人型には、支給されているルミナの効果は薄く、パージストによる対処が必要となるが、最近では数が減っているらしい。


「――では、次に昨夜の襲撃について市長から街の皆さんへのメッセージが届いています」


 二人が話していると、テレビには市長が映り、軽く頭を下げてから、はきはきと話し始めていく。


「みなさん、こんにちは。 シスト市の市長、滝川たきがわです。 昨日は他の町でシャドウの襲撃がありました。 ですが、恐れる事はありません。 私たち人間はかつて、シャドウとの全面戦争を勝利に収めているのです。 臆することなく平和な生活をともに送っていきましょう!」


 市長は勢いのある演説をしていたが、周りの人々は特に何の反応も見せずに歩き交うだけであった。

 明希也たちもその演説を見ていたが、感動や安心など、特にこれといった感情はあまり生じない。周囲と同じ反応だ。


「かっこいいこと言ってっけど、結局はパージストたちが活躍してんだろ」


「確かに。 町の人たちの中には家族がパージストって場合もあるから、悪い噂とか聞くんだろうな」


 明希也たちの住む町は、緊急用として支給される、ルミナの光を放つ道具が不足気味になっていた。

 家の周りに設置して置けば、朝までシャドウの襲撃から怯える心配はほとんどなくなる。逆にそれがなければ、万が一の時、シャドウから身を守ることができなくなってしまう。

 とても重要な物だけに、物資があまり足りていないのだ。それも、町に住む人々全員に配るには、圧倒的に足りない程に。



「そんなことよりも明希也! 時間まだ余裕あるし、どっか寄ってかね?」


「ん〜......今日はもう疲れたから帰らね?」


「なんだよ〜もう。じゃあさーー」


 二人でとりとめのない話をする。本当にとりとめのない話を。それでも、快斗としゃべるこの時間がとても心地よく感じられた。

 シャドウの脅威が弱まってきていると言っても、街には不安や恐怖の色が、まだまだ残っている。

 明希也にも不安や心配事があった。しかし、少しずつ平和へと進んでいるであろうこの世界を、強く生きていこうという気持ちだけは、持ち続けるつもりでいた。





 ドクン......。

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