第1夜 影の予兆

『全班に告ぐ、目標はヒト型のB級1体。 今は1班と2班が戦闘中とのこと。 残りのすべての班は大至急、戦場になっている大聖堂に向かってくれ。 繰り返すーー』


 ある日の夜、隊員たちに司令室から無線を通じて指示が出された。


「よりにもよってB級かよ、めんどくせぇ!」


 3班の隊員のひとりは不満を撒き散らしながら、他の隊員5名と共に目的地へと急ぐ。


 移動中に聞こえてくる他の班の銃声。目的の場所までまだ少し距離があるのに耳の奥まで響いてくる。そこから、激しい戦闘だという事が容易に理解できた。

 この人数が足を激しく、速く動かしているというのに、足音が全く聞こえてこないのだ。


「文句を言うな。 人員不足はいつものことだ。 我々だけでやるしかないだろう」


 隊長はそう言ったが、班の隊員たちの動きは訓練の時とはまるで違っていた。

 息が荒く、武器を持つ手、動かしている足にも怯えが見える。

 突然の敵の襲撃、訓練ではない本番の戦闘で戸惑う者が多く、とても戦闘時に冷静な判断などできそうにない様子だ。


「着いた......ここが大聖堂だ。 覚悟は出来てるな?」


 隊長は建物へ入る前に息を整え、隊員たちに質問する。


 空気が重い――


 班全員の緊張がそのままのしかかっているのではと思ってしまう。


 だが隊員全員はしっかりと隊長に頷く。ここまで来て今更逃げ出すことなどできるわけがない――というように。

 確認を終え、隊長は戦闘中である大聖堂の扉を開けた。


「......これは?」


 大聖堂の中を見た瞬間、3班の6人全員が凍りついたように動きを止める。


 先程まで戦闘中であったはずのその場所には、人の気配はなく、物音一つさえ聞こえない。ここにたどり着くまでに鳴っていた銃声も消えていた。


「1班と2班は......? どうしたんだよ!」


「ぜんめつ......したんじゃ?」


「いや、まてまて! 戦闘始まってまだ数分だぞ」


 不安と焦りが広がっていく――


 静寂に包まれた大聖堂は暗く不気味で、いつ敵が襲ってきても不思議ではないという感じだった。


「やぁ! 待ってたよ」


 突然の声に班全員の体が過敏に反応する。


 声は長い廊下の奥にある女神の銅像から聞こえた。バラなどの花が描かれている後ろの巨大な窓ガラスから月の光が射し込み、声の主が姿を現す。


「まだまだ遊び足りなかったんだ~、時間までまだ少しあるし、君たちとも遊んであげるよ」


 その者は銅像の上に座っていた。目は紫色に光り、不気味な笑みを浮かべている顔は、血で濡れていた。

 見た目は人間そのもの。だが、明らかに強い殺気を放つその者を、班の誰もが「人」とは判断しなかった。


「貴様がシャドウか......ここで何をしている! 他の班はどうした!」


 隊長は銃を構え、照準をシャドウに合わせてそう言った。


「ねぇ、滑稽だと思わない? 真っ暗の闇の中、月だけが頑張って光り続けている。 どんなに頑張っても所詮は太陽の光をもらっているだけで太陽のようには光れない」


「何が言いたい」


 隊長以外の隊員たちはシャドウの不気味さに怯えを感じたが、隊長だけは銃を持つ力が更に増していく。


「君たちも同じさ。 ルミナとかいうものを創り出し、シャドウに対抗しているけどーー」


「そのルミナを使って我々人類はシャドウとの戦争に勝利したのだ。残党風情が何を言っている」


「クハハハハハ! 王様みたいなシャドウ一匹倒したからって、随分強気に出るねぇ! たぶん僕の他にも、まだまだ多くのシャドウが裏で動いてると思うよ~、君たちが知らないだけで」


 シャドウは急に顔の笑みを消し、銅像から下りる。


「あぁそうだ。 君たちのお仲間さんのことだけど――」


 ゆっくりと隊員たちの方へ振り向くシャドウ。その顔はまた一変し、満面の笑みを浮かべていた。


「銃を乱射するだけでつまんないから、跡形もなくぶっ殺しました~ テヘェ」


「ぜぇぇぇぇいぃぃん!! 明かりの強さを最大限にしろぉぉぉ!!」


 何かが弾けたように隊長は声を張り上げた。


 隊長の声で目が覚めたのか、怯えていた隊員たちも、指示されたと同時に急いで銃に付いている明かりを最大で調節する。

 大聖堂はまるで昼間のような明るさになり、あまりの眩しさに、シャドウは手で顔を覆い隠した。


「うわぁ! ま~ぶしぃ~、でも殺しちゃうの?僕は人間なのに?」


「貴様はもう人間ではない。 人の影を乗っ取った人類の敵、シャドウだ」


 3班全員がシャドウに照準を定める。

 しっかりと......弾を外さぬように――


 隊長は大きく息を吸い込み、再び声を張り上げて指示を出した。


「撃てぇぇぇぇ!!」


 隊長の合図で開始された隊員たちの一斉射撃は、大聖堂に激しく、強く鳴り響く。隊員たちは何も考えずただまっすぐシャドウに向けて銃を放った。


「だ~か~ら~、それはもう飽きたっつーの!!」


 突然、シャドウの前に黒く、大きな壁が現れた。銃の攻撃が妨げられ、シャドウの姿もそれに隠れて見えなくなる。


「隊長!」


「構わん!  撃ち続けろ!!」


 壁を破壊しようと隊長と他の隊員たちは打ち続けた。だが現れた壁は壊れるどころか傷一つ付く様子はない。一向に壊れる気配がなく、隊長はやむなく発砲を止める指示を出す。


「なぜだ! ルミナの光を埋め込んだ弾だというのに、なぜ効いていない!」


 隊長も他の隊員たちも銃を放つ力に体力を持っていかれ、息が上がっていた。


「あれ~? もう終わり~?」


 壁の向こうから聞こえてくるのはシャドウの声だと、見えなくても分かった。

 黒い壁がだんだんと薄くなり、隊長は壁が消えるかと思ったが、違っていた。その壁の中身があらわになり、何かが見える。


「そ......それはなんだ」


 隊長は目を大きく見開いた。


 バラバラになった人間の腕や脚、胴体や頭部がガッチリと繋がり、大きな壁を形成していた。


 もはや人間の元の原形を留めてはおらず、見るに耐えないおぞましいその光景に隊長は立ちすくむ。


 他の隊員たちもその光景を前に、持っていた銃が手から滑り落ちたことにも気づいていない様子だった。


「えぇ~見てわからないの? 君たちのな・か・ま......だよ? 影だけで防ぐのは少し難しいからね~、それにゴミは再利用するのが基本でしょ? ぶふぅっクハハハハ!」


「くっ! クソがあぁぁぁぁぁぁ!」


 怒りで自然と歯が食いしばった。


 隊長は銃が通じないことを理解し、腰に掛けていた刀を鞘から抜く。

 その刀も刃の部分にルミナを利用して作られていた。


 研ぎ澄まされた白刃は陽光を放ち、まるで隊長の怒りを移したようにギラギラと光を放っている。


 刀を右手に持ち、隊長は他の隊員を置いてひとり、素早い動きで長い廊下を弾丸の様に走り抜ける。


「そんなに悲しいならあげるよ!」


 人肉の壁が崩れ、隊長の方へと勢いよくバラバラの人肉が跳んできた。


「すまない.......」


 隊長は刀を巧みに使い、シャドウの方へと進みながら跳んできた人肉を次々に斬り捨てていった。

 シャドウと戦い、無残な姿になった3班の隊員たち。

 隊長にはもはやどの班の誰のどこを斬っているのか全く区別がつかなかった。ただ、仲間の死が無駄にならぬよう、屍を越えて必死に前へと進んでいく。


「クハハハハ! いいね~! 仲間のバラバラ死体を更にバラバラ~に斬るなんて最高だよ!」


 隊長はシャドウの言葉に耳を貸さず、足に、手に、全身に力を入れ一気に詰め寄る。

 油断していたのか、シャドウとの距離を容易に詰めることが出来た。


「遊びは終わりだ」


 シャドウに手が届く範囲までに距離を詰めた隊長は、血で濡れた刀先をシャドウの首元に向けた。

 しかし、シャドウは全く動じない。顔にはまだ笑みが浮かんでいる。


「へ~ 、やるじゃん。 正直、少しなめてたよ。 でも......」


 シャドウから無数の影が伸びてきた。

 その1本1本がまるで意志を持っているかのように、不規則に動き、更に増えていく――


 先程の人肉を包んでいたのはこの黒い影であったのだ。


「なんて影の量だ......」


 隊長は思わず後ずさる。


 先程まで不規則に動いていた無数の影は先端を鋭く変形させていた。


「ばいば~い」


 無数の影が隊長を襲う......はずだった。


 大聖堂中に携帯の受信音らしきものが響き渡る。その音はシャドウから出ているようだった。

 隊長を攻撃しようとした影の動きが止まり、シャドウも何かを感じ取ったかのようにどこか遠くを見ていた。


「ちぇ、時間になっちゃった。 こっからが良いところなのに......しょうがないか~」


 出ていた無数の影が消え、シャドウは名残惜しそうにしながら、隊長に背を向けた。


「今日はこのくらいでいいよね。 また遊ぼう~」


「まっ......待て!!」


 大量のシャドウの影が背中に現れ、羽の形に変形する。そして、勢いよく巨大な窓ガラスを破り、街の暗闇の中へと飛び去っていった。



 大聖堂に残されたのは嵐の通った後のような静けさだった。隊長は安堵の息を漏らすと同時に、シャドウを仕留めることが出来なかったことに対して、悔しさを募らせる。壊された大聖堂の窓ガラスから光を発する月の姿が現れ、隊員たちを照らした。



 ■



 黒色のコートを羽織っている男が真っ暗闇に染まった街を眺め、ビルの屋上で携帯を使い、電話をしていた。


「もしもし、あっちはどういう状況だ?」


『ひどい状況ね......何人かのパージストが殺されてるわ。 でも、パージストがまだいたにも関わらず、その場から飛び去っていったわ』


 男はポケットからタバコの箱を取り出し、一本タバコに火をつけて吸い始める。


「ふ~ん......で、どの方面に逃げた?」


『まさか、戦う気じゃないでしょうね!?』


「B級のシャドウだろ? 色々聞けるかもしれんしな。何か問題でも?」


 男の電話相手は男の言葉に対する返答に困ったが、やがて話し始めた。


『はぁ......運がいいのか悪いのか分からないけど、偶然にもあなたのいるビルの少し右の方向に飛んできてるわ』


「ありがとさん。 終わったら電話する」


 男は電話を切り、吸っていたタバコを床に落とし、足で残り火ごと潰す。男の目には夜空を飛んでいるシャドウの姿が映った。


「おっ! 来たきた! そんじゃま、ひと仕事しますかね~」


 男は助走を付けるためにビルの端へ寄る。

 そして全速力で反対側の端まで走り、角を蹴って大きく跳んだ。高く、凄まじい速さで空中を移動する。空中で刀を抜き、シャドウにちょうど刺さるように刀を下に向け、狙いを定めた。



「もうちょい左か......はいよっと!」


「ぐああぁぁぁぁぁぁ!!」


 刀は見事にシャドウの背中を突き刺し、男はシャドウの背中に着地する。 

 シャドウは何が起こったのか分からず、痛みにもがき、体を暴れさせた。不安定なシャドウの背中の上でも、男は難なく刀を引き抜いていく。


「おいおい落ち着けって! ひと思いに浄化してやるよ」


 男はもう一撃加えようとしたが、シャドウの出した影に足を掴まれ、地面へと投げ飛ばされてしまう。 投げ飛ばされた体は弾丸のように勢いよく地面へと向かっていく。

 その中でも男は空中で素早く体勢を立て直し、何事もなかったかのように着地した。


「あいつ......強いな」


 そう感じていた男の元にシャドウが飛んでくる。 瞳が凄まじい怒りに燃えていた。


「てめぇぇぇ! ぶっ殺してやる!」


「お前......Bぐらいか? 影の本数がそこいらのヤツらと段違いじゃねぇか」


「そんなことはどうでもいい! 今すぐにお前を......」


 男に攻撃する気配を見せたシャドウだったが、顔が怒りの表情とは一転して、にやけ面に変わる。


「お前、さっきって言ったよな?」

「あぁ、人間の体は壊さずにお前だけを消し去るつもりだ」

「クハハハハ! ホントに出やがったよ! 俺に傷をつけたんならこりゃ、本物かもな!」


 シャドウは両腕を広げ、男に対して臨戦態勢をとる。


「そうかい、ならとっとと浄化してやるよ!」


 男は刀から強い光を放つーー。


 その光は男とシャドウを包み込み、更に大きく、大きくなっていく。それはまるで絶望に染まる世界に広がる希望の光であるかのようだった。

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