第16話 領主

 ギルドマスターに呼び出された。

 まさかグランドマスターに送った偽の診断書がばれたんじゃないだろうな。

 ビクビクしながら、ドアを開ける。


「お前、貴族の前に出ても恥ずかしくない服は持っているか?」

「ないよ」

「じゃあ手に入れろ。行っていいぞ」


 なんでとは聞かない。

 領主から呼び出しが掛ったのだ。

 あー、転生の記憶が戻る前にムスカリが服を買った記憶がない。

 貴族だものな服なんか勝手に用意される。

 仕立て屋が屋敷まで来て採寸して終わりだ。

 困ったな。

 現代人のセンスだと、失礼な服装になるかも。


 酒場で頭を抱えていたらベロニカ達、3人がやってきた。


「お父さん、呼び出しを受けて困っているのよね」

「ああ、実を言うと困っている。着る服がないんだ」


「あるわよ」

「王都で騎士団の武術指導顧問になってもらう予定だったから、仕立てておいたわ」

「私もです」

「同じく」


「どれを着ていくかはくじ引きで決める。異論はなしだ」

「ええ、勝負よ」

「望むところ」

「絶対勝つ」


 ギルド酒場の厨房で串を三本もらう。

 一つだけインクを付けておいた。


「さあ引け」

「見えた。これよ」

「私はこれ」

「残り物には祝福が」


 結果はアザミの服だった。


「やった」


 服は黒いスーツだった。

 俺が着るとまるでギャングの子悪党だな。

 ボスの貫禄はない。


 ところで3人はどうやって俺の体の寸法を知ったんだ。

 聞きたい様な、聞きたくない様な。


 たぶん防具屋を脅したな。

 俺ならそうする。

 本人は来られないから誰か人を使ったんだろうが、まあ良いか。

 俺が気にする必要はない。


 ここからが大変だった。

 誰がエスコートするかで揉めに揉めた。


 くじ引きで決める事になった。

 当たったのは、ベロニカ。

 ベロニカは純白のドレスに身を包んだ。

 腕を組んで、ベロニカと領主の館を歩く。

 後ろを歩く二人から歯ぎしりが聞こえた。


 頼むから喧嘩をおっぱじめないでくれよ。


 案内に従って部屋に入る。

 部屋には髭を貯えた男性と女の子が一人。


 俺は貴族の作法に則って礼をした。


「礼儀は抜きで良い。冒険者にそれを求めてへそを曲げられたら困るのでな。こちらは娘のプロテアだ」

「お姉様、会いたかったです。憧れです。握手して下さいませ」


 ベロニカ達が順番に握手する。

 俺も最後に並んだら、無視された。


「この手は洗いませんわ」

「洗えよ」


「このゴキブリ野郎が、馬に蹴られて死んでしまえですわ」

「はははっ、ゴキブリのしぶとさを知らないようだな」

「プロテアは親交を深めるのもそれぐらいにしておきなさい」

「はい、お父様」


「魅力的なお嬢様方を従える男を見てみたかったが、既視感があるのだよ。男性には言いたくない台詞だが、どこかで会ったかな」

「俺にも記憶がないが、たぶんダンスパーティだろう」

「ほう」

「貴族の出なんだよ。勘当されているがな」

「そうか。それは良い事を聞いた」


 何が良い事なんだろうな。

 ろくでもない事の様な気がする。

 たぶんあれだな。


「どういう事かは大体分かる。だが、お断りだ」

「何の話?」


 ベロニカはどういう事か分かってないようだ。


「婚姻だよ」

「駄目よ」

「駄目です」

「不承知」


「こんなわけで間に合っている」

「何も正妻にしろとは言ってない。貴族に復帰すれば、妻が複数持てるぞ」

「貴族に復帰するつもりはない」


「おい、貴族目録をここに」


 執事が分厚い本を持って来た。

 これには生きている貴族の名前が全て載っている。

 これを見て貴族はプレゼントとか贈り合う。

 この本は王族が情報を管理して本を発行している。

 この本の価格が馬鹿高い。

 いい資金稼ぎだ。

 誰の発案で始めた事業か知らないが上手い商売だ。

 毎年買わないと役に立たないからな。


「やっぱりだ。君の名前はまだある。まだ貴族だな」

「籍を抜いてなかったのか」

「ますます、これは放っておけないな」


「師匠が貴族でも私は構いません。Sランクは騎士の資格がありますから」

「そうですね。釣り合いが取れた感じです」

「障害無し」


「その3人を捕まえている限り、君を他の貴族が放っておかないだろう」

「私は縁を切らないわよ」

「私もです。もしそうなったら分かってますよね」

「無理心中」


 おいおい、物騒だな。


「あー、まあ何だ。捨てられない限りは縁を切らないさ」


 これは愛想をつかされて離れさせる一手だな。

 穏便なのはそれしかない。

 彼女達には幸せになってほしい。

 踏み台男に入れあげても良い事ないだろう。

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