第8話 デススライム
「初級冷却魔法」
あー、仕事が終わっての1杯は格別だな。
俺はエールをキンキンに冷やした。
あと、炭酸があればな。
アザミがパラパラと粉をエールに入れてくれた。
おおっ、泡立ったぞ。
前に泡が欲しいと言った事がある。
それを覚えていたのだろう。
「今の粉は何だ?」
「重曹、パン作りに使う」
「重曹か。パン作りに使うなら安全だな。でかした」
アザミの頭を昔みたいに撫でてやった。
猫みたい目を細めるアザミ。
そう言えば。
俺は昔の事を思い出した。
父親が死んでから、アザミは狂ったようにモンスター討伐を始めた。
「解体しないと銭にならないぞ。銭も力の一つだ」
「めんどう」
俺は解体屋じゃない。
仕方ないので魔石を抜いて収納鞄に突っ込んだ。
収納鞄は見た目の何倍もの物が入る不思議な鞄で、とても高価だ。
俺はギルド職員のみ貸し出し可能なそれを持って来た。
「【絶対貫通】。とりゃ」
アザミの今の戦法は、スキルを掛けて投げナイフを木の上から投げるというもの。
安全だが、こんな事でいいのか。
もっと人の道とか教えた方がいいのかな。
だが、踏み台がやる事じゃないな。
そんなのは熱血漢の正義の味方に任せよう。
この子の心を溶かす奴がきっといるはずだ。
死骸は収納鞄に入れるが流した血はそのままだ。
それが厄災を呼ぶなんてこの時の俺は考えてなかった。
ずりずりと這いずる音がしてそれが現れた。
デススライムだ。
4メートルはあるスライムだ。
出会ったら死を覚悟しないといけないモンスター。
「【絶対貫通】。そりゃ」
アザミが投げた投げナイフは、デススライムを貫通して、向こう側に抜けた。
デススライムの歩みは止まらない。
物理攻撃のほとんどが無効化される。
上級魔法とて、体表を少し焦がす程度しかない。
俺達が登っている樹の下にデススライムが到着。
樹が溶かされ、俺達は空中に投げ出された。
俺は昔柔道の授業で習った受け身をとる。
アザミを見ると目を回しているようだ。
デススライムがアザミに酸を吐きかける。
「危ない」
俺はアザミを庇って酸を浴びた。
皮膚が溶ける感覚。
「どうして?」
「そんなの決まっているだろう。お前が大きくなったら売っぱらう為だ。商品が傷物になったら不味いだろ」
ピンチだな。
「【たまにいい奴】。初級弱点看破魔法。今だ赤い点を打て」
「【絶対貫通】。やー」
投げナイフがデススライムのコアを貫いた。
デススライムの歩みが止まる。
「痛い。痛い。痛い」
「お父さん、死んじゃ駄目」
「死なないさ。ポーションを背中に掛けてくれ」
俺はポーションを背中に掛けてもらった。
「お父さん。痛くない?」
「お父さんじゃない」
「じゃ師匠。前のお父さんも、そう呼べって」
「師匠じゃない。教官だ」
「ぶー、師匠って呼びたい」
俺はアザミの頭を撫でてやった。
目を細めるアザミ。
表情はないが、目を細めて嬉しそうだ。
仲良くなれたのかな。
「レベル上げ、頑張る」
アザミが力こぶを作った。
ぷにぷにだな。
「いいか。借金は踏み倒す為にある。俺に養ってもらっているのを恩だと思う必要はない。人なんて利用するぐらいがちょうど良い」
「分かった」
「言っとくがモンスターの素材の金は8、2だ。俺が8でお前が2だ」
「うん。師匠」
いちいち訂正するのが、めんどくさい。
「死んだ父親を好きだったのか?」
「ううん。嫌い」
「嫌いなのに仇を討ちたかったのか?」
「それが殺し屋の掟」
「もうお前は殺し屋じゃない。小悪党になれ。小悪党はいいぞ。物語によっては最後まで生き延びる」
「うん、小悪党」
こうして、アザミとは仲良くなれた。
アザミの二つ名は不殺のアサシン。
人間は殺さないのでその名前がついた。
どうして盗賊とか殺さないかと聞いたら、「うん、約束」と答えが返って来た。
殺すのなら俺を最初に殺せと言ったのを守っているらしい。
「みんなに言っておく。俺はここの教官以外の職にはつかん。こそこそ相談しても無駄だ。諦めろ」
「この頑固、師匠」
「師匠の意向には従います」
「師匠は利用できそうにない」
「一緒に添い寝して良い?」
「私もお願いします」
「私も、希望」
「駄目だ。おねしょでもされたら、たまらんからな」
「おねしょなんかしない」
「そうですね」
「してない」
「してただろ。忘れたのか」
「わーわー、忘れて」
「殴りますか」
「いいね」
「冗談だ。昔の事は忘れたよ」
わいわい、がやがやと話をして飲む。
こういう毎日も良いもんだ。
ところで、この3人はいつになったら次の仕事に行くんだ。
まあいいか。
休みも必要だからな。
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