第7話 アザミ

「貰っていくぜ」


 俺は物乞いのお椀の金を半分奪った。


「この人でなし!」

「真面目に働かないお前が悪い」

「体さえ丈夫なら働いているさ」


「言ったな。初級回復魔法。これでどうだ」

「少し楽になった」

「じゃあ、治療費な」


 俺は物乞いのお椀の金を更に半分奪った。


「この人でなしの、冷血漢!」

「じゃあ、また明日な」


 物乞い達からお金を巻き上げてギルドに到着。


「お客さんだ」


 マチスがそう言ってきた。

 誰だろうギルドの応接室に入る。

 そこにいたのは、暗い紫の髪をして、黒い皮の服に身を包んだ美女だった。

 無表情なので感情はうかがえない。


「アザミか。久しぶりだな」

「そう、久しぶり」


「何か用があるんだろ?」

「うん」


「何だ話せ」

「ギルドマスターに推挙」

「お断りだな」

「なぜ?」

「冒険者ギルドの支部が悪人の巣になっても良いのか?」

「ならない」


 書類仕事は得意だが、冒険者に睨みを利かせるのは出来ないと思う。

 ギルドの教官が俺には似合いだ。


「とにかく駄目だ」


 アザミと出会った頃を思い出す。

 アザミの養父は殺し屋だった。


「ようムスカリ、依頼につき合え。お前は実戦経験が足りてない」


 教官仲間のマチスにそう言われた。

 断れる雰囲気じゃなさそうだ。


 マチスに連れられ街外れのあばら家にドアを蹴破って入る。

 中にいたのは白髪と紫色の髪の子供。


「白鬼のテッセン、観念しろ。轟雷のマチスが引導を渡してやる」

「ほざけ、返り討ちだ。【穿孔】」


 テッセンが針の様な短剣をマチスに突き刺す。

 短剣はマチスの体表で折れ曲がった。


「そんな物は効かん」

「何故だ? 仕方ない【隠蔽】」


 テッセンの姿が見えなくなった。


「ふんっ」


 マチスが剣を振ると、剣には血がべったりと付いていた。


「くそっ」

「もうネタ切れか。こっちはまだ手があるぞ【俊足】【剛力】」


 マチスが素早く動いて止まった時に物凄い音がした。

 それはまるで雷のようだ。

 見ると床板が粉々。

 そして、片腕を失ったテッセンが現れた。


 マチス、凄いな。

 もしかして元Sランクかな。


 その時、子供がマチスの前に立ちはだかった。


「お父さんを殺さないで」

「悪いな、仕事なんだ。ムスカリ、子供を頼む」


 俺は子供を抱きしめて、これから起こる事を見せないようにした。

 テッセンの苦鳴が聞こえる。

 その声は段々と小さくなっているようだ。

 子供が父を助けようと懸命にもがく。

 俺は力を込めた。


 そして。


「【絶対貫通】!」


 子供の声がした。

 腹が焼きごてを当てられたかのように熱い。

 手をやると血がぽたぽたと垂れた。

 俺は崩れ落ちた。

 気がつくと全ては終わっていた。


 血だまりに沈むテッセンと、それを見つめる子供。

 俺はマチスにポーションを掛けられていた。


「運が良かったな。刃物だったら、背中まで貫通して、助からなかったところだ」

「子供にやられたんだな」

「スキルが芽生えたらしい」


 俺の踏み台スキルはこうなると呪いだな。

 この子供は英雄の資格があるらしい。

 たしかに殺し屋の子供で、目の前で父親を殺されたら、主人公に相応しい境遇といえよう。


「お父さんを殺した。許さない」


 子供はマチスと俺を睨んでいた。


「人はなルールの中で暮らしているんだ。これから外れる者は狩られる。群れからはぐれた狼みたいなものだ。そういう生き方をしちゃあいけない」


 俺はそう話し掛けた。


「違う。弱いから」

「違うな。ずるくないからだ。大抵、ずるい賢い者が生き残る。知ってるか? 昆虫を集めて一緒に何日も入れておくと生き残るのはゴキブリだ。しかもゴキブリは社会性がある。ゴキブリみたいにしぶとく仲間と上手くやって生きたら良いんだよ」

「出来ない」

「じゃあ俺と約束しよう。もし人を殺すとしたら、最初の一人は俺だ。俺を殺せればな」


 そう言って俺は子供を抱きしめて優しく頭を撫でた。

 子供はせきを切ったかのように泣きじゃくった。

 俺は泣き止むまで抱きしめ続けた。


 そして美味い物を食わせて、暖かいベッドに寝せてやった。

 寝付くまでそばにいたのは言うまでもない。


「殺す」


 俺は起きた子供にそう言われた。

 やっぱり懐かないか。


「簡単には殺されてやらないぞ。俺はゴキブリだからな」


 俺は記憶を振り払った。

 部屋を出て、新人達をしごいてギルドの酒場に行くと、ベロニカ、ダリア、アザミの3人が揃っていた。


 ベロニカ、ダリア、アザミはSランクだ。

 この三人を育てたから俺は『Sランクメイカー』と呼ばれている。

 育てたAランクならもっと多い。

 そのうちそういう奴らもSランクに上がるだろう。


「雁首、揃えやがって。悪だくみか。悪だくみなら負けないぞ」

「違う違う」


 手を振るベロニカ。


「ばれているみたいですね」


 とダリア。


「悪だくみは至高」


 そうアザミが無表情な顔で言った。

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